「つくるのが好きとはまだ言えない」――ジブリ出身、53歳の新人監督・安藤雅司のアニメーション哲学
宮崎駿監督との「密約」とは
安藤さんの初作画監督は25歳。宮崎監督の短編『On Your Mark』(CHAGE and ASKAの楽曲のプロモーションフィルム)の作画監督に抜擢され、そのまま『もののけ姫』に突入した。 「アニメーターを志したきっかけは『風の谷のナウシカ』です。もともとマンガ絵を描くのが好きで、アニメーションを見るのも好きなんですが、そんな中で『ナウシカ』が公開されたことが大きかったですね。当時、関連情報を目にすることが多く、制作現場のルポとか、絵コンテ集が出版されたのもあのとき初めてぐらいじゃないでしょうか。そういう情報を見て、リアリティーをもってアニメーションの現場を感じるようになり、アニメーションの世界に行ってみたいなと。漠然とですが、『ナウシカ』をつくられた宮崎さんのような人と仕事をしてみたいと考えるようになりました。実際そのあと経験した『もののけ姫』での宮崎さんとの仕事はとても刺激的で、天才とはこういうものなんだと、つくづく感じました」 ただ、安藤さんは天才を絶対視はしなかった。『千と千尋の神隠し』のときは、宮崎監督が修正した絵を「全部安藤がやりなおしちゃうんですよ、朝までかかって」という逸話が、鈴木敏夫プロデューサーによって語られている。例えば、アニメーターは絵でキャラクターに芝居をさせるわけだが、同じ10歳の女の子でも、迷いなくぱっと駆け出すか、一瞬間があるかで、キャラクターの見え方が変わる。 「もう少し深く関わりたいなと思ったんですね。宮崎さんといえばこう、というスタイルというのが定着していると思うんですけど、宮崎さんの線をトレースするのではなくて、自分なりの解釈を入れて、違う方向性を示すことができないかと思っていました。ただ、鈴木さんの話には、自分としてはいろいろ言いたいことがありまして(笑)。鈴木さんは『千尋』の前に密約をしたようなことを言っていますよね。あれは嘘です(笑)。鈴木さんとのあいだでそんな密約はしていません」 鈴木さんがラジオで語った「密約」はこうだ。『もののけ姫』のあと、自分のやりたいアニメーションとは違うと思った安藤さんは、ジブリを辞めたいと申し出る。鈴木さんは安藤さんを引き留めるために、次の作品では芝居も全部やらせるという密約を結んだ――。