トヨタ、月へ行く 寺師副社長インタビュー(1)
“月面チャレンジはまさに僕たちが5大陸チャレンジでやりたいと思ってるベクトルの、ずっと先にある”
寺師:もう1つあります。トヨタは2014年から、5大陸走破チャレンジをやってます。オーストラリアから始まって、今年は最終ステージのアジア。2020年が締めくくりの日本。5大陸のリアルな道を走っていくんですよ。なんでそんなことをするのかと言うと、やっぱり、「道が人を鍛えて、その鍛えられた人がクルマをつくる」っていう基本に立ち帰ろうよと。どんな厳しい道を走っても、必ず無事に帰ってくる。そのためにどういう技術が要るのか、従来の自動車技術も重要だし、それに新しいCASE技術も入れます。ものすごく進化した技術を、ものすごく厳しい条件でとなると、従来のクルマの作り方の延長線上ではたぶん達成できません。だから厳しいリアルな場所で挑んでそれを乗り越えるための技術を開発する。その技術が僕たちの普段のクルマに返ってくる。実はやってみないとどれだけ返ってくるかは分からないんですけど、月面チャレンジはまさに僕たちが5大陸チャレンジでやりたいと思ってるベクトルの、ずっと先にあるので。5大陸と月の差はたぶん大きいと思うんですけどもね。だから、そういう技術の高みに1回、自分たちで挑んで、苦労して、それがお客様の乗るクルマに戻してこられればいいなっていう。 池田:そうするとトヨタとしては、今まさにトヨタが進みたい方向の研鑽の場として、月へのチャレンジというのは、大変、魅力的だということですね? 寺師:そうですね。ええ。
池田:この、月面車両、これからたぶんいろんなスペックを決めていくタイミングで、その前にどんな機能が要求されるかということを調べていくんだと思うんですが、ひとまず、今分かっていることで、月面探査車に必要な機能っていうのはどういうことなんですか? 寺師:クルマのサイズはマイクローバス2台分くらいです。これはミッションによってはずっとツアーに出て月面を走って戻ってこなきゃいけませんので、キャンピングカーみたいな窮屈さではなく、ある程度、中で生活できるぐらいのサイズ、だいたい4畳半程度って言ってるんですけど、その中で生活もできるっていうぐらいのサイズの。 池田:人間の生活空間が4畳半ぐらい確保できるんですね? それ以外は機材。 寺師:機材です。で、(水素を)1回充填すると1000キロぐらいは走りたいんです。月には酸素がないし、水素も持っていかなきゃいけない。だから酸素と水素のタンクを持っていくんですけど、月面で宇宙服を着てしょっちゅう交換するっていうのは、たぶん大変なので。当然、スペアを持っていくんですけど、1000キロぐらい走れると、そういう作業にあまり時間が取られなくて済むんじゃないかと思うんですね。 池田:予想イラストを見ると太陽光パネルもあるのですが、常にこれを使うわけじゃなくて、例えば止まっている間の補助電源の様なイメージですか? 寺師:いわゆる電気自動車っていう言い方しますけど、僕たちの中では、EV(電気自動車)とFCV(燃料電池車)は別物だとは思ってないんですね。モーターと電池と、制御するパワーコントロールユニットの3つを備えているのが、電気自動車だと考えると、FCVもEVも同じ様に3つ持ってますと。ただ、エネルギーをあらかじめ電池に貯めて走るために、電池をたくさん積んでいるのがEVで、自分で水素と酸素を化学反応させて電気を作りながら、余った電気は電池に蓄えながら走るクルマがFCVなのです。電力をコンセントから取るか自分で発電するか以外はまったく一緒なんです。例えば今開発中の全固体電池で性能が良くなれば、コンパクトなやつを載せて、さらにFC(燃料電池)で発電もやると、その時々で効率の良い方を切り替えて使えば良いのです。月の昼夜は14日周期なのですが、昼間は太陽光パネルで充電して生活します。太陽光発電ができない長い夜は水素で生活をするというコンビネーションだと思ってます。 池田:今おっしゃってるのは、バッテリーは極めて限定的なサイズしか積まないということなんですか。 寺師:最終的にはどう使うかっていうのは電池の性能次第だと思うんですね。1回の充電でどれだけ持つかっていうことで、それは水素を使ったほうが効率的なのか、電池を使ったほうが効率的なのかっていうのは、これから先の技術の進化でバランスは変わってくると思うんですよね。それに加えて日が出てるときと出てないときっていうのがあるので、できるなら両方いいものを、ある程度、積んでおきたい。電池をたくさん積むと重くなってくる。でも6分の1ぐらいの重力だからいいかっていうこともあるんだけど。 池田:でも、重量は打ち上げコストにものすごく響きますよ。 寺師:そうそう、打ち上げのほうがあるので、その辺のバランスはこれから。軽量化は一生懸命やらなきゃいけませんのでね。で、もう1つ良いのは、水素で走るとお水ができるんですよね。 池田:おー、それは月の貴重品ですよね。 寺師:そう。そうなんですよ。ざくっと計算すると、5キロぐらい走ると1リットルのお水ができます。だからある程度の生活用のお水は、自分たちで作ることもできるので。 池田:ゼロってわけにいかないですけど、水タンクをあんまり持っていかなくていいわけですよね? 寺師:そうですね、まあ。どれだけの自給率になるかは未定ですけど、かなり自前で供給できるんじゃないかと思うんですよね。