トヨタ、月へ行く 寺師副社長インタビュー(1)
“月のほうが水素社会に向いてるんじゃないかという気がします”
池田:ここまでの話を総合すると、燃料電池の特性は宇宙に極めて適しているという考え方でいいんですかね? 寺師:そうですね。やっぱり昔から、アポロ計画の中でも燃料電池が使われてきたっていうのはそういうことだろうと思います。それとね、かぐや姫に聞いてみないと分かんないんですけど、月に本当にお水があるのか? これたぶん、あるとしたら氷だろうと思うんですけど、もしあれば、太陽光の電力で電気分解して水素と酸素に分けておけば、水素社会が月でできる。太陽光で電気を作って電池に貯めて、満充電になったら余剰電力で水を電気分解して水素の形にしてエネルギーを貯蔵しておく。月のほうが水素社会に向いてるんじゃないかという気がしますよね。 池田:最初のうちは一生懸命、水素と酸素のタンクを持っていかなければならないけども、もしかしたら月で自給ができるようになったら、もうタンクを持っていく必要がないかもしれないわけですね? 寺師:という妄想を今してるんですけどね。 池田:そう考えると、やっぱり燃料電池の未来っていう感じがすごくしますよね。ほかに求められる性能として、さっき、自動運転を挙げておられましたけど、それから温度の問題とかもありますよね。そういう全体的な想定として、地球の上を走るクルマと大幅に想定が違うと思われることを教えていただけますか? 寺師:やっぱりかなりの高温から低温までを考えなきゃいけないので、地上のクルマと同じ熱の特性ではダメでしょう。冷やすほうと温めるほう、これはたぶん、いろいろ技術的に考えなきゃいけませんね。 もうひとつは、路面、地盤がどんなものか分からない。平坦に見えるけど、ものすごく軟らかかったり、硬かったりするかもしれない。僕たちは普段普通に走っている限りクルマの横転なんて考えられないですよね。ところが月では何が起きるか分からないので、ひょっとしたら、横転してもクルマが自力で起き上がれる仕掛けがいるかもしれません。もしくは乗ってる人たちが、押せば起き上がれるぐらいの仕掛けとか。 池田:JAFは呼べないですからね(笑)。 寺師:そうですね(笑)。ただ、無人で走らせる区間のことを考えると、そこでは起こしてくれる人もいないので、やっぱり、自力でなんとか起き上がれるっていう機能が要るんじゃないかとか。 池田:6分の1の重力のところでのクルマの運動特性がどうなるかっていうのは誰も経験してないですもんね。 寺師:そうなんです。シミュレーション上はできるかもしれないですけどね。それと車速がそんなに速くないので、高速のハンドリングとかは要らないと思うんですけど。 池田:ただ、質量は変わらないのに重量が1/6となると、ロールセンター(車両の横傾き軸)と重心の高さの関係とかは、われわれが普段、地球で想像してるものとは違うかもしれないですよね。 寺師:そうですね。悪路を走るときには重心は低いほうが安定しますので、どこにどういうものを配置するかっていうパッケージを考えるところから始めないと。けれどパッケージを考えるには、さっき言った走行条件や環境条件を全部決めてからじゃないと、パッケージが決められないので。もう最初のうち、月面での使用条件をみんなで知恵を振り絞るっていうのが、当面、一番やらなきゃいけないことかなって。 池田:なるほど。月の過酷な条件でのチャレンジはまた、地球で電動化社会をどう広げるかっていうことにつながらないと、人々に還元できませんよね。