「コーヒー味のお吸い物」に愕然…日本のかつお節を"ヨーロッパの台所"に広めた東京・築地の3代目社長の執念
■日本食ブームのパリ、「コーヒー味のお吸い物」に愕然 2005年の夏、和田さんはパリにいた。海外展開に興味があり、ヨーロッパにある和食店や食品展示場を見て回っていた。この年のパリには日本食ブームが到来し、和食レストランが急増していた。 とある高級日本レストラン。カウンターに座った和田さんは、「おすすめ」のコース料理を注文した。1品1品、見た目の整った懐石料理が運ばれてくる。出てきたお吸い物をすすり、愕然とした。 「なんじゃこりゃ……」 コーヒーの味がする――。 他の料理を食べても、「いい出汁が取れていない」と感じた。試しに他の和食店に行って汁物を頼んでみたが、どれもこれもおいしくなかった。板前に聞いてみると、かつお節が入ってこないのだ、という。和食なのに出汁はとれておらず、中国産の質の悪いかつお節しか手に入らない状況だった。 そもそも、なぜヨーロッパにかつお節が輸入できないのか。 日本の伝統的なかつお節の作り方には、EUへの輸入を困難にする大きな課題があった。 日本では、薪を燃やし、その熱と香りでカツオを燻す。その過程で付着する焦げ成分である「ベンゾピレン」が、EUでは安全基準を超える発がん性物質と見なされ、日本産のかつお節の輸入はほぼ認められていない。唯一、EUのHACCP(食品衛生管理システム)の審査に通ったもののみ可能ではあるが、日本の伝統的な製法でこの基準を満たすことは、極めて難しいとされている。 ■密輸され、日本の5倍の値段で売られていた 農林水産省の担当者によると、日本で製造しているかつお節に含まれるベンゾピレンの量は、健康に与えるリスクが極めて低いという。また、水に溶けにくいことから、だしで使う分には何の問題もないそうだ。 当時でも、かつお節を使っているレストランは存在した。しかし、裏取引で調達されていたり、賞味期限がとっくに切れていたり、質の悪いものを使っていたりするケースも多く見られた。 自社のかつお節が日本の5倍の値段で売られているのを目の当たりにした。知らないところで流通していたため、和田久としても為す術がなかった。 〈こんな味の日本料理が海外に伝わっているなんて、納得できない。正規の流通経路で製品を作り、ちゃんと営業して回りたい。製造側であるうちが、何も努力しないのはおかしいだろう……〉 かつお節店としての使命感が湧き上がってくるのと同時に、ヨーロッパ市場におけるかつお節の可能性を強く感じていた。