アシックス担当者とハトラ長見佳祐に聞く、日本代表公式ウェア製作の裏側
本当の意味で“ダイバーシティ”なデザイン
──ポディウムジャケットはパターンが複雑ですよね。 大堀:アシックススポーツ工学研究所で解析したボディサーモマッピングをもとに、体の動きに合わせて開閉するメッシュ素材を背中や脇などのパーツに施しています。このメッシュは内側の余分な湿気を外に発散する働きを持っているんですが、デザインに大きく関わる部分なので、長見さんと協業しながら、パターンを組み立てました。 長見:僕はアシックスさんからの技術面・デザイン面でのフィードバックを反映しながら、3D CGソフトウェア「クロ(CLO)」を用いてデザインしました。今回は、型紙の構造的なトライアンドエラーに加え、東京大会から一貫して日本代表のカラーとして定着している「サンライズレッド」を起点に、開催地パリの日の出をイメージしたグラデーションパターンを数百余り3Dシミュレーションにかけ、フィードバックをいただきながら調整する、という流れを繰り返しました。 大堀:3D CGでのデザイン作業について、今回の長見さんとのやりとりは、イメージがしやすくスピード感もあって助かりました。その分、無理をお願いしてしまうこともありましたが...(笑)。 長見:CGでのデザインは無数のバリエーションを瞬時に展開できるので、手数とスピードについてはこれまでにはなかったスキームとして提案できたと思います。ハトラでのコレクション製作の経験が活かせましたね。 ──苦労した点は? 大堀:選手が首にメダルをかける際、胸元のロゴやエンブレムが隠れないような位置設定は、シビアに考えました。できるだけ高い位置にロゴがある方が写真やテレビでも映りやすいので、ディテールのバランスを何度も調整しました。事前に五輪メダルのデザインは見せてもらえないので、ある程度推測でデザインした部分はありますが、現状テレビで見る限りロゴやエンブレムは隠れず映し出されていてホッとしています(笑)。 長見:実は当初、フード付きのデザインも検討していたんです。ただ、そうなるとメダルのかかり方が均一にはならないという懸念があり、なしになりました。トルソーに着せた時は綺麗でも、パフォーマンス後の興奮した状態や、急いで着替えた時など、どんな状態でも品格を保つための工夫が随所に込められています。 ──たしかに、ジャージでありながら品のある美しい佇まいですよね。 長見:ウェアに対するアスリートからのフィードバックに「表彰台に立つときには品位のある姿でいたい」という意見があったと伺ったので、“品位ある姿”は意識をして製作に当たりました。「スポーツウェアでありながら凛々しい印象をこのフォーマットの中でいかに実現するか」が課題の一つでしたね。 大堀:ポディウムジャケットは、特殊なアイテムなんです。開閉会式の式典では、正装として別のジャケットとパンツのセットアップを着るし、競技中はそれぞれの競技用のユニフォームを着ます。このジャケットは、主に表彰台などの公式の場所で着用が義務付けられているウェアなので、見た目の清潔感や格好良さ、機能性の両立を目指しました。 ──“品位ある姿”を意識した中での、ファッションの面でのこだわりを教えてください。 長見:まず大きな特徴として、フロント裾にリブがないことが挙げられます。リブは保湿性を担保するためだったり、服の形を綺麗に整えるために必要ですが、前に持ってくるとボトムスとの上下のプロポーションが分断されて、いわゆる“ジャージ感”が出てしまう。ジャージではなくジャケットのような印象をもたらすために、フロントリブを無くしました。 同様に、脇のポケットも内側に隠れるようにデザインしています。極力削ぎ落としたクリーンな印象を持たせたかったので、縫製仕様面ではアシックスさんに無理を言わせてもらいましたね(笑)。 大堀:ファスナーも特殊です。通常のファスナーには「ムシ(エレメント)」と呼ばれるパーツがテープに取り付けられているんですが、このポディウムジャケットはテープをなくして、生地に直接縫い付けています。テープがないことによって、ファスナーを上げ下げする際の抵抗が少ないのが特徴で、少ない力で上げ下げしやすく着脱しやすい仕様になっています。テープがない分、CO2排出量も削減できています。 長見:ファスナーのシームラインの存在感がなくなったことで、グラデーションにより、フロントの太いラインが印象に残るような設計になっています。襟元から裾まで一直線に貫くことで、スポーツウェア特有のカジュアルなジャージらしさを緩和し、端正な印象を作り出すことができたと思います。ネクタイにも象徴されるように、フロント中央のデザインは、選手の品格に関わる重要な部分なので、特にこだわりました。