そのスタッドレスは雪用? 氷用?(前編)タイヤがグリップする仕組み
■シャーベット状の路面では?
首都圏で雪が降った場合に多いのがこのシャーベット状態だ。雪に近いものから水に近いものまであるが、雪に近い場合は前述のせん断抵抗によるメカニズムが働くので横ミゾが重要だ。しかし水に近い時は面倒だ。ただの水より水深が深くなり、水より粘性が高い分ハケが悪い。 ここで効いてくるのが縦ミゾだ。最近の扁平タイヤでは接地面の形は横長になる。そのため水を排除するには距離の短い前後方向へ逃がした方が効率が良い。これはサマータイヤでも同じだ。太い縦ミゾがあるほど濡れた路面に強くなる。雪が溶けかけた道では、完全な雪路や氷の上より自然にペースも上がり始めるので、この排水性能は重大事故の防止のためにもおろそかにできない。
■乾いた舗装路では?
乾いた舗装路では、ブロックの剛性が求められる。ハンドルを切ったり、駆動力や制動力を掛けた時にブロックの剛性が足りないと力が逃げてしまう。それは「曲がらない」「加速しない」「止まらない」につながるので困るのだ。しかし前述の通り氷に対しては柔らかくないとダメなのだ。またもや正反対の性質を求められている。 驚くべきことに、ここでもサイプが一肌脱ぐのである。ギザギザに切られたサイプは、わずかな変形の後で、そのギザギザゆえに隣と噛み合ってある程度変形に耐える。もちろんサマータイヤのようには行かない。ハンドルの手ごたえなどは少しぐにゃぐにゃするが、どうにもならないほどグズグズでない程度に収まっているのはこのサイプのギザギザのお陰なのだ。 しかし深刻な問題もある。氷との密着性を稼ぐために柔らかくしたいゴムだが、トレッドが柔らかく変形し易いと発熱という問題が起きるのだ。ゴムは変形する際にエネルギーの一部を吸収して熱に変換する特性がある。これを専門家は「ヒステリシスロス」と呼ぶ。 世の中にはスタッドレスタイヤを履いたら、一年中そのままの人もいる。真夏の路面温度は平気で60度を越える。走行風に当たって冷やされることで間に合う内はいいが、冷却ペースより発熱ペースが速いとタイヤの内部でゴムが熱分解してスポンジ化し、ゴムが千切れてしまう。 ゴムの分子は120度くらいから結合が緩み、破壊に至る温度は150度前後だと聞いている。氷雪用のタイヤを真夏の舗装路で使うのは、明らかにユーザーが悪いのだが、それで事故が起きた時にメーカーは「知らないよ」とは言えない。 だからトレッドを柔らかくすると言ってもどこまでも柔らかくするわけにはいかないのだ。氷の上では柔軟性を確保しながら、ドライでこういうことにならない様に範囲に収めなければならない。 だいぶ長くなったので、今回はグリップのメカニズムを説明し終わったところで一回終わりたい。次回はこういう欲張りな要求を叶えるためにタイヤは具体的にどうデザインされているかをみて行きたい。 (池田直渡・モータージャーナル)