そのスタッドレスは雪用? 氷用?(前編)タイヤがグリップする仕組み
■氷の上ではとにかく水を排除すること
不思議なことに氷点下25度以下になると、サマータイヤでもクルマは滑らずに走れる。家庭用の冷凍庫は精々マイナス18度くらいだが、冷凍庫から出したばかりの粉を吹いた氷は手で簡単に掴める。しかし表面が溶けて透明になると簡単には掴めないのはご存じの通りだ。数年前のスタッドレスタイヤのコマーシャルでも「乾いた氷は滑らない」と盛んに言っていたのでご記憶の方もいるだろう。 実は氷の上は、気温零度付近が一番性質が悪い。氷が滑るのは溶けた水が膜を作ってタイヤと氷の表面が直接コンタクトしなくなるからだ。氷には力を加えると溶ける性質があり、スケート靴のエッジは体重を細いエッジに集中させることで氷を溶かして滑っている。しかし前述の様に温度が極端に低ければ、クルマの荷重をタイヤの接地面全体で受けるくらいでは氷はほとんど溶けない。逆に気温が零度より高ければ、一定時間のうちに氷が溶けて無くなってしまうので、滑る心配はない。 溶けかけてピカピカした氷(アイスバーン)が曲者なのはこの水膜のせいなのだ。そこで、スタッドレスタイヤは、表面にサイプと呼ばれる切り傷の様な刻み目を沢山入れて毛細管現象でこの水を吸い上げ、膜を形成させない様にしてある。 刻み目は大抵真っ直ぐではなくギザギザに刻まれている。タイヤが接地して変形するとこの刻み目が僅かに開いて水を効率良く吸い上げる。そのためにわざわざギザギザにしてあるのだ。
またサイプのエッジ(角)がワイパーブレードの様に水膜を切ってトレッドをしっかりと氷に押しつけられる状態を作る。スタッドレスタイヤの氷上性能にとってこのサイプは色々な意味で生命線と言える重要なものだ。乾いた舗装道路で長距離使うとこのエッジがナマクラになって水が切れなくなる上、ブロック(島)が斜めに減ったりして設計時にデザインした通りの毛細管現象が起きにくくなる。だからスタッドレスタイヤはそれほど減らないうちに交換しなくてはならないのだ。 最近のタイヤではこのサイプの毛細管現象を補助するためにゴムを微細に発泡させて、目に見えない細かい穴を作り、この穴の毛細管現象を利用して水を吸い込む様になっている。水の吸収量を高める意味もあるだろうが、サイプによる毛細管現象が摩耗で効かなくなった時に、グリップの低下を防ぐことも考えているだろう。つまりはスタッドレスタイヤのロングライフ化技術のひとつでもあるのだ。 水を吸い込んで氷を乾いた状態にしたら、タイヤの表面をできるだけ広い面積で氷に密着させることが大事だ。その面積を稼ぐためにはミゾが邪魔になって来る。ホントにゼロ℃付近の氷だけに絞っていいのなら、横ミゾ無し。細い縦ミゾのみにして、あとはひたすらサイプだらけというタイヤになるだろう。しかしミゾを無くしたら氷だけにしか効かないスタッドレスになってしまう。それでは困るので、雪や濡れた路面のためにミゾを入れるのだ。 さて、ミゾが必要だとするとタイヤの接地面積は限られてくる。その中で最大限タイヤを密着させるためにも多くの技術が凝らされている。路面の氷は鏡の様に平らではない。むしろ洗濯板のように凸凹しているのが普通である。そこでスタッドレスタイヤのトレッドは、できる限り柔軟で路面の凹凸をキレイにトレースすることが求められる。 ここでも一石二鳥に効いてくるのがサイプだ。サイプが沢山入っているのでトレッドのブロックひとつひとつの剛性が低くなり、柔軟で変形し易くなっているのだ。もちろんゴムそのものも低温でも柔らかさを保つコンパウンドを使っているので、路面の凹凸への追従性が高い。氷が洗濯板状態でも密着できるのはこのためだ。