短期的には中国政府の完勝でも「終わりではない」香港デモ 立教大学准教授・倉田徹
香港で学生や民主派寄りの市民が路上を占拠して続けてきたデモは、12月15日に最後の拠点が警察によって排除され、79日間でついに終結しました。このデモには一体どのような歴史的な意義が与えられることになるのでしょうか。 【図表】中国と香港「一国二制度」は今どうなっているの?
「天安門以来の危機」乗り切る
学生・民主派側は「真の普通選挙」を与えるよう中央政府に要求し続けましたが、この点では北京は一切譲歩することなく、デモは撤退に追い込まれました。中央政府は大陸において、政府系メディアを動員して、この運動を西側諸国の影響を受けた中国政府への挑戦などとするネガティブ・キャンペーンを大々的に行った結果、大陸の人々の香港の学生・民主派に対する同情も広がらず、運動が大陸に波及することもほとんどありませんでした。大変な長時間を要したとはいえ、死者や重傷者を出すことなくデモを解決することに成功した北京は、「天安門事件以来の危機」とも言われた今回の事態を一応乗り切ったことになります。 一方、学生団体は香港政府との交渉を求めたり、北京を訪ねて直接李克強総理に直訴しようとしたりと、様々な手段を試みましたがいずれもうまく行かず、占拠が長期化するにつれて周囲に対する迷惑や近隣の商店への悪影響などが浮上しました。後半には一部の過激派がガラスを割って議会である立法会に侵入しようと試みるなど、当初の学生や市民による平和・非暴力の訴えとのイメージにも傷がつき、世論の運動に対する見方も厳しくなりました。 もともと統一感のなかった民主派政党・占拠を提唱した団体・学生団体の足並みも日増しに乱れ、最後は疲労も重なって少しずつ撤退を余儀なくされました。民主派政党はデモの中心的役割を学生に奪われた一方、学生を支援したり、学生と政府を仲介したりするなどの大人の仕事も十分果たせず、市民の支持を失って今後の選挙では厳しい情勢になるとも分析されています。表面的・短期的に見れば、北京・香港政府の完勝、学生・民主派の完敗という結果に見えます。