シンプルなのに複雑なうま味 ―和食の秘密は麹(こうじ)にあり―
麹は健康づくりにも役立つ
麹酵素が生むのは、おいしさだけではない。麹酵素が食材に作用して生じた分解物に、健康効果があることが明らかになっている。 デンプン分解物には、グルコース(ブドウ糖)の他に、多種のオリゴ糖が含まれる。オリゴ糖には腸内環境を整える働きがあるので、便秘や下痢の改善、免疫機能の向上、それによる感染症予防やアレルギー抑制などの効果が期待できる。 一方、タンパク質分解物にはさまざまなペプチドが存在する。ペプチドの構造は多岐にわたるが、例えばある構造のペプチドには血圧降下作用があり、また別の構造には抗酸化作用があるなど、機能性は多様である。食品は多かれ少なかれタンパク質を有しているので、麹を使った発酵食品には必ずペプチドが含まれる。 食品のペプチド含有量を調べるには、特殊な機器による煩雑な分析が必要である。しかし先述のとおり、発酵が進みうま味が感じられるようになれば、タンパク質分解も進んでおり、ペプチドも増えている。麹による発酵で食材がおいしくなることは、健康効果の高まりをも示唆している。
未来につなげたい麹食文化
「菌食」という言葉がある。キノコ、カビ、酵母、細菌などの微生物を食すること、すなわち発酵食品を食べることを指す。発酵食品には微生物の菌体、あるいは微生物が生産した代謝物や、微生物酵素によって生じた分解物が含まれている。 そして、伝統的な和食はもちろん日本の食事には、麹菌を用いて発酵させた調味料がほぼ間違いなく使われている。麹調味料を使うと麹酵素の分解物による健康効果が得られるうえ、あらゆる食材を豊かに香味付けできるので、「調味料を過度に必要としない」という点からも、食卓の健康度をより高められる。 日本人の健康的な食生活を支えているのは麹食である。日本の食は時代とともに変化しているが、麹食は未来につなげていきたい文化の一つであると確信する。
【Profile】
前橋 健二 MAEHASHI Kenji 東京農業大学応用生物科学部醸造科学科教授。博士(農芸化学)。同大応用生物科学部助手、講師、准教授を経て2016年より現職。講師時代の2003年には米国モネル化学感覚研究所にて味覚遺伝子の研究に従事。発酵調味料や味覚研究の研究を専門とする。