アンダーワールド、絶対に知っておきたい名曲10選
「Born Slippy (Nuxx)」(『Born Slippy』収録:1995年)
英国クラブカルチャー史上最大のアンセムのひとつ。そこに疑念を差し挟む余地は微塵もない。1995年に「Born Slippy」のオリジナルミックスのシングルB面としてリリースされた同曲の「Nuxx」ミックスは、ダニー・ボイル監督に見い出されて『トレインスポッティング』のラストシーンを感動的に彩ることになった。それがとてつもない反響を呼び、「Born Slippy (Nuxx)」は単独のシングルとして再リリース。全英2位の大ヒットを記録し(1位はフージーズ「Killing Me Softly」)、時代を象徴する名曲として永遠に音楽史にその名を刻むことになる。クラブシーンを超えて空前の社会現象になったという点では、この曲以上のダンスアンセムは存在しないかもしれない。 これまで何十年にも渡って数えきれないほどのダンスフロアを祝祭の空気に包んできた「Born Slippy (Nuxx)」だが、決して単純に前向きな曲ではない。ファンならば知っての通り、当時のカールはアルコール依存症に苦しんでいた。猥雑な都市の喧騒や狂気を詩的に切り取り、ウィリアム・バロウズのようなカットアップで表現するのが『Second Toughest~』までのカールの作風。この困難なクリエイションをおこなうには、アルコールへの耽溺が不可避だという強迫観念が彼にはあったのだという。いつものように夜のソーホーで酔いつぶれ、トッテナムコートロード駅に向かう途中に書き上げたというこの曲の歌詞には、当時のカールの鬱屈とした感情が爆発している。あまりにも有名な「ラガー、ラガー、ラガー、ラガーという叫び(Shouting lager, lager, lager, lager)」というフレーズは、アルコール依存に対する自己嫌悪とそこからの救いを求める痛切な咆哮だった。 TR-909の素の音とコンソールを通して歪ませた音を重ねて作られたという脳天を打ち砕くように強烈なキックは強迫神経症的で、出口無しの閉塞感に苛まれていたカールの心境を容赦なく増幅させる。畳みかけるようなボーカルと相まって、そこには得も言われぬ緊張感が漂う。そしてこの曲を特別なものにしているのは、緊迫したドラムやボーカルとは対照的に、聴き手を安堵と開放へと導く、深いディレイがかけられた3コードのシンプルなシンセリフだ。特に素晴らしいのは4分33秒、カールの歌とドラムが激しく鳴り響く中、定石よりも少し早いタイミングでシンセのリフが飛び込んでくるところだろう。それまで空一面を覆っていた分厚い雲が晴れ、眩い日差しが降り注ぐ瞬間を捉えたようなドラマティックな高揚感がそこにはある。 結局のところ「Born Slippy (Nuxx)」の美しさとは、一人の孤独な魂の叫びを音楽の力によって歓喜と祝福のアンセムへと転化した点にある。だからこそダンスフロアで「Born Slippy (Nuxx)」が鳴り響くとき、そこに集まったオーディエンスが大なり小なり心の底に抱えているネガティブな感情も同じように浄化されていく。そのカタルシスは何物にも代えがたい。ダンスミュージックの魔法のような瞬間を奇跡的に捉えたこの曲が、永遠のアンセムであることは今後も決して変わることがないだろう。 --- SONICMANIA 2024年8月16日(金)幕張メッセ 開場:19:00/開演:20:30 ※アンダーワールドは22:20~MOUNTAIN STAGEに出演 SUMMER SONIC 2024 2024年8⽉17⽇(⼟)18⽇(⽇) 東京会場:ZOZOマリンスタジアム & 幕張メッセ ⼤阪会場:万博記念公園 ※アンダーワールドは8⽉18⽇(⽇)大阪会場に出演
Yoshiharu Kobayashi