SNSが生み出す「空気」と向き合うには? 近現代史研究者・辻田真佐憲が語る「65点」のすすめ
先日、無事終了した東京五輪。しかし、振り返ってみると「コロナ禍で開催するのかしないのか」「無観客なのか有観客なのか」と開会式の直前まで議論が巻き起こっていました。そういった議論が起こるたび、世の中の「空気」が変化していくのを感じた人も少なくないでしょう。 そんな世の中を取り巻く「空気」を研究しているのが、近現代史研究者の辻田真佐憲(まさのり)さんです。辻田さんは「SNSが社会の空気と同調圧力を強化」することで、政治や人々の行動が大きく影響を受けてしまうのが今の日本だと言います。そんな「空気」と向き合うために、「ワクチンとして歴史を取り入れることが重要」と語る理由について辻田さんにお話を伺いました。(聞き手:荻上チキ/TBSラジオ/Yahoo!ニュース Voice)
コロナ対策も五輪も「空気」が利用されている
ーー辻田さんは、どうして「空気」の研究をしようと思ったんですか? 辻田さん: われわれは、「空気」に左右されていることが多いんですよね。直近でいえば、東京五輪をめぐる動きです。開催2カ月前は五輪をやるかやらないかの議論が巻き起こっていたのに、1カ月前になると有観客か無観客かという話にシフトしていました。そして開会式が行われると、それまで極めて開催反対論が多かったにもかかわらず、「五輪をやってよかった」という風潮へと変わっていったわけです。 果たして、われわれはそういう「空気」にほんろうされているだけで良いのでしょうか。もう少し長い目で見たときに、時代に流されずに考えることが必要ではないでしょうか。だからこそ、われわれを取り巻く「空気」というものを改めて考えたいと思ったんです。 ーー確かに、当時はコロナの影響を重視するのか、それとも五輪を重視するのかと、時折バッティングするような空気がありましたよね。 辻田さん: 日本は、感染症対策においても、五輪においても、ものすごく「空気」を利用したと言えるでしょう。日本は、諸外国みたいにロックダウンはできないけど、いつも行っている飲食店や映画館が閉まっていると「そこまで危ないんだったら行くのをやめよう」という雰囲気になりましたよね。世界的に見ると希な感染症対策ですが、ある程度うまくいっていた面はあったと思うんです。 しかし、五輪を開催したことで空気が一変しました。無観客でも外国から選手や関係者がどんどん入国してくる。中には陽性の人もいる。そうなってくると「なんで自分だけが我慢しなくちゃいけないのか」あるいは「五輪で人が集まってきているのだから、自分たちも集まって盛り上がろう」と空気が変化しますよね。空気によって抑制していたわけですから、空気によって変わってしまうと止まらなくなってしまうわけです。そして、多くの人が予測していた通り、結果的に感染者数が増えてしまいました。 もうひとつ、開会式の前に、いろいろな問題発言や行動が発掘されてキャスティングが変わったという話がありました。もちろん個々の問題になった言動は検証する必要があると思いますが、一方でその人の親族まで攻撃したり、その人が二度と仕事できないようにしたりと、いわゆるネットリンチみたいになっていました。五輪反対派の人たちがその空気を逆に利用したわけです。政治的な立ち位置にかかわらず、空気を利用していくという動きはかなりあったのではないでしょうか。 ーー五輪は終わりましたが、これからもコロナ対策は続きます。一方で、先々選挙も控えています。政治や選挙と空気の関係についてはどうお考えですか? 辻田さん: 政治家は、日頃から票を獲得する・しないのゲームをしているせいか、空気を読む達人といえる人が多いように思います。 今の菅政権は支持率が低いので、政権を浮上させるためには五輪で盛り上がるべきだと考え、そのために開会式の1カ月前に緊急事態宣言を解除したわけです。感染者数が下がり切っていないにもかかわらず、解除してしまった。案の定、多くの人が予想した通り、感染者数が増えてしまいました。つまり、コロナ対策や五輪問題は、すでに政治日程にかなり左右されてしまっているわけですね。こういったことに毎回われわれが踊らされるのは、あまりにも滑稽じゃないですか。だからこそ、私は「歴史の事例を知っておくこと」が重要になると考えています。 戦前や戦中を含めて、実は過去にも似たような出来事が起きていることが少なくありません。その過去の出来事で人々がどう対応し、どういう結果になったのかを知っておけば、すごく過激な出来事が起こっても立ち止まって考えることができるし、真に受けずに済む。来たる選挙に備えて、いろんな過去の事例を意識的に自分の内側に入れておくということが大事かなという気がします。ある意味、ワクチンのようなものですね。