なぜびわ湖毎日マラソンで鈴木健吾の驚異的な2時間4分台の日本新記録が誕生したのか?
また新型コロナ禍で海外から招待選手を呼ぶことができなかったのもプラスに作用した(出場していた外国人ランナーは日本の企業に所属している選手が大半だった)。通常は目玉選手の要望を考慮してペースメーカーのタイムが決まるが、今回は日本人選手に合わせる形で日本新ペース(キロ2分58秒)になったからだ。 他にもびわ湖のスタート時間と日程が変更されたことも好条件をもたらした要因になった びわ湖のコースは午前の方が午後よりも風が穏やかな傾向があり、前回から午前スタートとなり、今回は9時15分にスタートした。日程も2週間前倒しとなり2月末に開催されたことも気温に影響したはずだ。スタート時の天候は曇り、気温7.0度、湿度57%。ゴール付近となった11時20分は気温10度、湿度50%だった。 例年のように3月上旬開催の午後スタートだったら、今回のような好タイムは誕生しなかった可能性が高い。最後の最後にびわ湖の女神がほほ笑んだようである。 近年は「厚底シューズ」の普及もあり、日本男子長距離界は「高速化」が顕著になっている。今回、鈴木が着用していたのはナイキ厚底シューズの最新モデルであるエアズーム アルファフライ ネクト%。1年前の東京マラソンで大迫が履いていたシューズの新色になる。 今回もナイキ勢が上位を席巻したが、非ナイキの選手も上位に食い込んだ。自己新となる2時間7分27秒で10位に入った川内優輝(あいおいニッセイ同和損保)だ。 これまでの自己記録は2013年のソウル国際でマークした2時間8分14秒で、実に8年ぶりの自己ベストになった。川内は薄底タイプを愛用してきたが、「こんなことを言うのはあれなんですが、厚底に変えたのが大きいのかなと思う」と口にしている。 なお川内が履いていたのは自身とアドバイザリー契約を結んでいるアシックスの厚底シューズだった。
ただ絶好のコンディションとシューズの進化を踏まえても、鈴木健吾の走りは異次元だった。 社会人3年目、現在25歳の鈴木は神奈川大3年時に箱根駅伝2区で区間賞を獲得して注目を浴びたランナーだ。4年時の全日本大学駅伝は最終8区で17秒差を悠々と逆転して、チームを20年ぶりの優勝に導いている。大学卒業前の東京で初マラソンに挑み、2時間10分21秒をマーク。東京五輪はマラソンで挑戦する気持ちに満ちていた。 しかし、富士通入社後は故障に悩まされる。2019年9月のMGCは7位に終わると、前年のびわ湖も12位(2時間10分37秒)に沈んだ。福嶋正監督によると、「1年目は故障が多くて、試合にほとんど出ることもできない状況」だったという。 マラソンでの東京五輪を逃した鈴木は今季10000mに軸足を置いて強化してきた。新たにウエイトトレーニングも取り組み、スピードを磨いてきたのだ。その結果、10000mで27分台を2度マーク。大学時代は28分30秒16だった自己ベストを27分49秒16まで短縮している。 「12月の日本選手権で結果を残せたら、今冬はマラソンを走らずに、トラックで東京五輪を狙おうと考えていたんです。でも、まったく歯が立ちませんでした。トラックはあきらめてマラソンで頑張ろうと思い、びわ湖の出場を決めました」(鈴木) 昨年12月の日本選手権10000mで33位(28分18秒48)に終わり、年明けから本格的なマラソン練習に入った。びわ湖に出場予定だった東京五輪男子マラソン代表内定の中村匠吾と質の高いトレーニングをこなしたことが自信になったという。 鈴木は向かい風になる予報だった前半は集団後方でレースを進めて、中間点を1時間2分36秒で通過。25km過ぎに井上大仁がペースを上げたときも、「まだ出るべきタイミングではない」と集団のなかで様子をうかがった。 レースが大きく動いたのは36km過ぎだった。マイボトルを取り損ねた鈴木がそのままペースアップ。土方英和とサイモン・カリウキ(戸上電機製作所)を一気に引き離して独走態勢に入っていく。 「32~33kmくらいから周りの様子を見ていて、37kmぐらいで仕掛けようかなと思っていたんです。でも36kmの給水を取り損ねたので、他の選手が給水を取っている間に行こうと思ってペースを上げました」 鈴木が凄かったのは独走になってからだった。36kmまでの1kmは3分04秒かかったが、37kmまでの1kmを2分53秒に引き上げると、その後もキロ2分50秒台で押していく。そしてゴールまでのラスト5kmを14分20秒台で走破。終盤のスパートは世界トップレベルのランナーを見ているようだった。 「10kmくらいまでは集団の流れにうまく乗れない感覚があったんですけど、20km以降は自分のリズムになってきました。いつもはきつくなる30km以降も今回はかなり余裕があったので、行けるんじゃないのかな、という感覚があったんです。今季は10000m27分台を2回マークして、自分でもスピードがついた感触がありました。それをマラソンに生かしたいと思って取り組んできて、しっかりとかたちになったと思っています。あと1年間大きな故障なくやれたことが一番大きかったですね」