18ヶ月間机の前から動かなかったなんて逸話も…『百年の孤独』の作者ガルシア=マルケスの異常さとは? 池澤夏樹と星野智幸が語る【第3回】
池澤 とにかく出てきちゃうんですよ、物語が。あれは妬ましいことですね。僕が普段、創作をするときはまずフレームを作って全体の流れをざっと考えてから、どこへどう持っていって終わらせるかを決める。僕の性格はエンジニアなんですよ。それじゃいけないと思って、崩そう崩そうとするんだけど、そう簡単にはいかない。崩そうという思いときっちり作ろうという意志の間で葛藤しながら書いているのがまぁ普通の小説家なんだけど、ガルシア=マルケスはそうじゃないんだと思う。物語が湧いて湧いて止まらないんでしょう。 星野 きっとそうですね。 池澤 18ヶ月間机の前から動かなかったなんて逸話もあって、それが本当かどうかはともかく、話が次々に出てくるから書くのをやめられなかったんじゃないかな。そのうちにどんどん登場人物が増えていく。そのままじゃ終わらなくなっちゃうから、どこかで収束させなきゃいけない。小説の後半、全体的に衰退していくでしょ。マコンドは衰退するし、ブエンディア家も人が減っていきます。そうやって最終的にはあの豚のしっぽの赤ん坊までたどり着く。読んでいると途中からそろそろまとめにかかろうとするのがわかりますね。ただ、それまでは湧き出るままに書き続けた。自分で抑制を効かせない。小説ってそういうのじゃないでしょっていう声が聞こえても知らんぷり。とにかく書くんだ、前へ前へ進むんだという勢いの感じがこの小説全体から伝わってきます。 星野 そうやって制限をかけずに書いたのはガルシア=マルケスのなかでも『百年の孤独』が最初なんでしょうね。短編では試みたことがあったかもしれないけど、ある程度の長さのある作品はこれが初めてだったんじゃないかなと思います。だからこそ、その衝撃が他の作品以上に激しく伝わってくる。語りの過剰なパワーと言いますか。
池澤 まさに「過剰」という一言に尽きますね。短編は規定の枚数に収めなきゃいけないから、ある程度考えてから書き始めるんですよ。いい加減なところで投げ出しても短編なら成立しますし。だけど、この作品はそうやって書かれてはいない。『族長の秋』も『百年の孤独』と同じやり方で書かれた作品ですが、あれはもっと先まで行っちゃった感じがあります。登場人物は多くはないんですが、話そのものは派手でけばけばしくて、もつれている。力技で書かれているというか。 星野 『族長の秋』の方がモノローグに近いですね。同じようにエピソードがどんどん出てきますが、あの作品の場合はそれが枯渇したとしてもそこから逃れることはできないような、そんな苦しさがありました。 池澤 そう。人を増やして話を繋げるということをやめて、語り手の大統領のなかだけで大きな宮殿を構築しようとした。 星野 『百年の孤独』と双璧をなす作品ですね、『族長の秋』は。 *** 第4回では、『百年の孤独』がマジックリアリズムという手法で描かれた根源に言及した対談をお届けする。(全6回の一覧はこちら) *** 池澤夏樹 作家。1945年北海道生まれ。埼玉大学理工学部物理学科中退。東京、ギリシャ、沖縄、フランス、札幌を経て、2024年5月現在安曇野在住。主著『スティル・ライフ』『母なる自然のおっぱい』『マシアス・ギリの失脚』『楽しい終末』『静かな大地』『花を運ぶ妹』『砂浜に坐り込んだ船』『ワカタケル』など。「池澤夏樹個人編集 世界文学全集」「同 日本文学全集」を編纂。 星野智幸 作家。1965年ロサンゼルス生まれ。早大卒業後、新聞社勤務を経てメキシコに留学。1997年『最後の吐息』で文藝賞受賞。主著『目覚めよと人魚は歌う』『ファンタジスタ』『俺俺』『夜は終わらない』『焔』など。 [文]新潮社 1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。 協力:新潮社 新潮社 新潮 Book Bang編集部 新潮社
新潮社
【関連記事】
- 【第1回から読む】新聞記者を辞めて、メキシコに留学するほど引きずり込まれてしまった『百年の孤独』の魔術的魅力 池澤夏樹と星野智幸が語る
- 【第2回を読む】「ビザはもらえないしバスの運転手は戻ってこない」日本の常識が通用しない文化で実感した“ラテンアメリカ文学的世界”のリアルとは? 池澤夏樹と星野智幸が語る
- 【第4回を読む】なぜ『百年の孤独』はマジックリアリズムで書かれなければならなかったのか? 池澤夏樹と星野智幸が語る
- 【『百年の孤独』試し読み】ガルシア=マルケスの世界的なベストセラー
- 上智大退学のラランド・ニシダが単位を落とされても髭面教授に感謝した理由 二十歳で前触れなく巡り合った小説『百年の孤独』の影響力