深刻化する孤立出産 一部の病院が進める「内密出産」は実現するのか
厚労省へ出した熊本市の6回の要望
熊本市の専門部会が内密出産の提言をしてから3カ月後の2017年12月、慈恵病院は内密出産を実施したいという意思を公表した。ところが、3年後の今年8月、市は慈恵病院に内密出産の自粛を文書で要請した。 その理由の一つが戸籍法の問題だ。ゆりかごでは、親がわからなかった赤ちゃんは「棄児」(きじ。捨て子の意)として熊本市長が戸籍をつくる。一方、内密出産では、病院は「母親不明」として役所に出生届を提出する。ただ、実際は母親の存在がはっきりしているため、出産者不明の棄児として出生届を出すと戸籍法違反となる可能性がある。これが、熊本市が自粛要請をした際の戸籍法の解釈だ。 もともと熊本市は、厚労省への法整備の要望を2017年から2020年までに計6回提出している。今年2月には、内密出産が現在の法律で認められるのか、法務省と厚労省に照会した。だが、どちらの省も回答に具体的な方針を示さなかった。そのため、熊本市は「現状では内密出産の運用は難しい」と慈恵病院への自粛要請を行った。それが今年8月だった。 これを受けて現院長の蓮田健氏(54)は、市に公開質問状を提出した。その中で「ゆりかごも法整備が整わないままだ」と指摘。「熊本市は違反行為に加担したという認識なのか」としたうえで、「内密出産の実現に向けて関連法案の原案作成をするべき」と迫った。
「匿名」と「出自を知る権利」をめぐる立場の違い
実は、両者の足並みがそろわない状態は、2007年のゆりかごの発足当時から続いてきた。主な対立点は女性の匿名に対する考え方だ。 慈恵病院で重きを置くのは母親の匿名だ。出産を知られたくない、あるいは育てられない女性のために、氏名は匿名のまま、連れてきた赤ちゃんを預かる。一方、熊本市は預け入れられた赤ちゃんの立場に立つ。「出自を知る権利」を守るため、同市の児童相談所(以下、児相)は手を尽くして親を捜す。これまでに預け入れられた赤ちゃんのうち、親がわからない子どもは26人(2017年時点)。そのほかのケースは児相が親を捜し出すなどし、赤ちゃんは親の住む地域の児相の管理下に移された。 母親の匿名については、地元の乳児院も強い懸念を示している。ゆりかごに預け入れられた赤ちゃんは、児相を経由して乳児院に託される。熊本市にある乳児院のひとつ、慈愛園乳児ホームはこれまで、ゆりかごに預け入れられた赤ちゃんを受け入れてきた。施設長の潮谷佳男氏(51)は、親の匿名は認められないと断言した。 「子どもにとって親が誰なのかがわかることは、アイデンティティーに関わる一生の問題です。親は絶対に特定されるべきですし、慈恵病院には預け入れた全ての親に接触して手がかりを残させるようにしてほしい」