「犬連れ登山」は是か非か “犬お断り看板”の実態を探る
国定公園内で「ローカルルール」
私たちは、看板や活字の文言を信じ込みやすい。下山後に太郎山の登山口近くで言葉を交わした登山者も、「看板があるから迷惑なペットを入れては絶対にダメだ」と語っていた。看板がそれほどの影響力を持ち得るのであれば、なおさら実態を掘り下げる必要がありそうだ。そこで、自分が実際に目にしたことのある長野県内3か所の看板のそれぞれの設置者に、設置理由と経緯を聞いて回った。
自宅近くの霧ヶ峰高原の要所要所には、「八島ヶ原湿原周辺地域へのペットの連れ込みは御遠慮ください。他の方への気配りと、自然環境を守るため、御協力をお願いします」という看板が設置されている。文言の下には、該当エリアが地図で示してある。霧ヶ峰高原は、八ヶ岳中信高原国定公園内にあり、車山(1925メートル)を中心とした草原地帯(東西10キロ・南北15キロ)に遊歩道や登山道が整備されている。観光道路「ビーナスライン」からのアクセスが良いため、登山愛好家だけでなく、一般の観光客も多い。 その一角にある八島ヶ原湿原は、希少な植物が見られる国の天然記念物だ。木道・遊歩道以外は、ペット連れに限らず立ち入り禁止になっている。看板はそれに加え、ペット連れの場合は木道・遊歩道を含む全面立ち入り禁止を求めている。 周辺の環境保護に取り組む「霧ヶ峰自然保護センター」によれば、この看板は地元自治体・自然保護団体・観光事業者などでつくる「霧ヶ峰自然環境保全協議会」が2010年に設置した。その当時、犬連れ客が増え、一部からクレームもあったことから、特に観光客が多い八島ヶ原湿原周辺に限って自粛要請することで合意形成されたのだという。 より具体的な理由は、(1)狭い木道・登山道で犬とすれ違うことによって、苦手な人に恐怖感を与える、(2)犬の吠え声などが野生動物に刺激を与える、(3)犬が野生動物の糞などから病気を持ち帰る恐れがある――という3点。 面白いのは(3)だ。犬連れ登山反対派の多くは、「ペットは予防注射(ワクチン接種)をしているので良いが、野生動物はしていない」と、犬から野生動物へのジステンバーなどの感染を問題にしている。太郎山で私に注意した登山者もまさにそう主張していた。しかし、「霧ヶ峰自然保護センター」の担当者に念を押して聞いてみたが、八島ヶ原湿原で懸念されているのは、その逆で、野生動物から犬への感染で間違いないとのこと。おそらく、合意形成の過程で、愛犬家サイドからの反発を和らげようという配慮が働いたのだろう。八島ヶ原湿原では、看板設置以降ほとんどトラブルなく、このローカルルールが守られているとのことだ。