母子の関係に思いを馳せる 今秋公開の感動作3選。 “親の心 子知らず? 老いては子に従え?”果たして――。
そんな姿を見て愕然とするムーリエンの衝撃が、手に取るように感じられます。でも、息子が必死に止めても、説得しようと言葉を尽くしても、タイホアに届くことはありません。遂にムーリエンは、母のためにそこまでするとは――と、驚きの捨て身の“賭け”にでます。果たして彼は、母を洗脳地獄から救い出すことが出来るのでしょうか。
◆母親だって一人の人間、一人の女性 監督の言葉を借りれば、「天上界は山、人間界はお茶を摘んだり恋をしたりする人々の暮らし、地獄は違法ビジネス」だそうです。その言葉どおりの画づくり――薄霧の中に現れる山の稜線を滑り降り、茶畑が広がる濡れた緑の斜面から麓の暮らしまでをはじめ、まさに、それを表現する映像美に魅せられます。 働きづめで息子を育ててきたタイホアが、“足裏シート”を販売する怪しげな会社の集会に参加して以降、何かが吹っ切れたような、糸が切れて飛んでいく凧のような、まさにその“豹変”ぶりは衝撃的。ただ、どこか分からなくもないのが、消えた夫を恨みながら一心不乱に働き続けて来たタイホアの、自分はこんな風に変われるんだという驚きや喜び、周囲から認められ尊重されたいという承認欲求に抗えないのは、一人の人間として当たり前でもあるよな…と思ってしまうのです。生きている強烈な実感を掴んだんだな、とも感じられて。 実は監督の親族の方にマルチ商法ビジネスにハマった方がいらして、心理学や社会学の知識を使っても、その方の洗脳を解くことは難しかったそうです。そこで映画のリサーチも兼ねて監督自身、怪しげなマルチ商法の集団に潜入して、かなりリアルかつ具体的に本作で描写されているそうなので、その辺りも必見です。現代中国の就職難など、かの大国の“いま”を覗き見られるのも興味深いです。壮大で美しい自然を背景に、母と息子の愛ゆえの激しい格闘に、ぜひ目をこらしてください。 ▶2024年9月27日(金)より、新宿シネマカリテ、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開 ©Hangzhou Enlightenment Films 2023年/中国映画/118分/配給:ムヴィオラ、面白映画 監督:グー・シャオガン 出演:ウー・レイ(呉磊)、ジアン・チンチン(蒋勤勤)、チェン・ジエンビン(陳建斌)、ワン・ジアジア(王佳佳) *西湖畔(せいこはん)に生きる 公式HP あり ──── 折田千鶴子 Chizuko Orita 映画ライター/映画評論家 LEE本誌でCULTURE NAVIの映画コーナー、人物インタビューを担当。Webでは「カルチャーナビアネックス」としてディープな映画人へのインタビューや対談、おススメ偏愛映画を発信中。他に雑誌、週刊誌、新聞、映画パンフレット、映画サイトなどで、作品レビューやインタビュー記事も執筆。夫、能天気な双子の息子たち(’08年生まれ)、2匹の黒猫(兄妹)と暮らす。