文豪レスラーTAJIRIさんがコロナ禍経て感じる変化、プロレス界の悪循環…新刊でつづった新天地の居心地の良さ
5月の大型連休最終日、福岡県春日市で「九州プロレス」の主催試合が開かれた。千人超が詰めかけた会場に「文豪レスラー」として知られるTAJIRI(たじり)さん(53)が現れた。いきなりコーナーに上がって霧を噴き上げる。強烈なキックで観客を魅了したかと思えば、時に反則技もあり。何かしてくれそうな雰囲気を終始感じたのは新刊「真(しん)・プロレスラーは観客に何を見せているのか」(徳間書店)を読んだからだろうか。 『真・プロレスラーは観客に何を見せているのか』 徳間書店刊、1100円 新刊は文庫版で400ページのボリューム。元々は既刊「プロレスラーは観客に何を見せているのか」(2019年、草思社)をそのまま文庫化する予定だった。しかし「4年で価値観が変わった」と全面的に修正し、ほぼ書き下ろしとなった。 前作は、世界的レスラーとしての地位を確立したアメリカの団体「WWE」、帰国後に所属した「ハッスル」、その後に立ち上げた「SMASH」など、関わったプロレス団体から周りを見渡していた。一方新刊は、プロレスを軸としつつ、より客観的に眺めている。「それまでプロレスは、人生の中で直視する対象だった。でも今はほわっとした存在。興味の対象がそっちに向いていないんです」 この4年間、社会的にはコロナ禍があった。TAJIRIさん自身も大きな変化を経験している。2021年に入団した「全日本プロレス」を経て、23年初めに東京から福岡に拠点を移し、九州プロレス所属のレスラーになったのだ。 新刊は、九州に来てから頻繁に更新していたネット投稿サイト「note」からも引用した。「世の中に対する見方が変わった。自分が変わるから、向き合い方も変わる」。貫かれるのは「変わることを恐れない」姿勢であり、客観的な視座を獲得できる「海外のすすめ」である。読み進めると、TAJIRIさんの戦略性の高さも伝わってくる。リング上での一つ一つの動きにも意味があり、観客にどう映るかを考えている。プロデューサーとしても団体をどう見せるかを練り上げる。お金の問題を含めたプロ意識も記される。 ×× 熊本県玉名市生まれ。福岡で過ごした大学生の頃、メキシコで活躍していた覆面日本人レスラー、ウルティモ・ドラゴン(浅井嘉浩)さんの試合を博多スターレーンで見てプロレス界を目指すようになった。「とにかくメキシコに行きたかった」。いくつかの団体の門をたたくが、身長が足りずに門前払い。メキシコとのつながりが深い「IWAジャパン」で1994年にデビュー。その後は単身メキシコに渡り、アメリカの「ECW」、「WWE」とステップアップを遂げた。 文章を書くようになったのはWWE時代。プロレス雑誌から「現地の生活について書いてほしい」と頼まれ、後に連載まで担当するようになる。「解散したECWのことも伝えたかった。何でもお金に換えるのがプロです」と笑う。昨年は小説「少年とリング屋」も出版し、今年1月にかけては西日本新聞文化面で随筆「プロレスの味わい」を連載した。 ×× 日本のプロレスにかつてのような人気はないという。にもかかわらず、内部に大きな変革の動きはない。『業界で一番』を掲げるプロレス団体ばかりでマニア向けになり、悪循環に陥っていると指摘する。 対して、現在所属する九州プロレスには、居心地の良さを感じている。「九州プロレスの理念は地元を元気にすること。無料で開催。観客は子連ればかりで、へき地にも行く。30年やってきたこととは全く違う世界なんです」 果たしてこれはプロレス界だけの話だろうか。新刊は「プロレス」を「今の社会」に置き換えても読むことができる。(小川祥平)