“不良”と貼られたビールに覚えた「義母」への違和感。介護経験は自分の老いを知る機会でもあった
夫と双子の息子さんたちと一緒に暮らす、翻訳家・エッセイストの村井理子さん。これまで、暮らしや子育て、実兄の死についてなど、自身の身に起こった出来事をつづったエッセイを数多く上梓。その語り口は気さくでありながら、人生の困難へ立ち向かう様子が書かれていて、読む人に勇気を与えてくれます。村井さんが7月に発売された最新作で描いたのは「義父母の介護」。今回は、村井さんにお話を伺いました。
違和感をもったのは…義母の「瓶ビール」事件
――新刊『義父母の介護』(新潮社刊)には、その名の通り、“義理”の両親を介護した超リアルな奮闘記がつづられています。介護は大変なものかと思いますが、認知症の義母と90歳の義父の出来事をユーモアたっぷりに語れることには驚きました。 村井理子さん(以下、村井):子どもの頃からおもしろいことが好きで、常におもしろいことばっかり追いかけて来たので、介護も多分その延長なのかな。介護はとにかく大変ですが、よく観察してみるとおもしろいことっていっぱいあるなって思うんです。 私が、義母の異変に初めて気づいたのは、近所に住んでいる義母が「あなたにお土産!」と、持ってきた「瓶ビール」。ダイニングテーブルにドーンと置かれたその瓶ビールを見てみると、「不良」と書かれた紙が貼ってあるんです。 あれを見た瞬間に、ちょっとニヤニヤがとまらなかったというか…(笑)。もちろん不安もあったのですが、「なにかが始まるぞー、うわ~」っていう感覚でした。
“しっかり”していた義母がまさか「認知症」になるとは
――たしかにそれは思いもよらない出来事ですね。 村井:もともと義母は強烈な人。とてもきれいな人で、ビシッとしていて、とにかく“圧”がすごいので、地元でも有名な人でした。うちの息子たちの入学式の写真なんて、私じゃなくて、なぜか義母が一緒に写っているんですよ。 それこそ勝手に家に入ってきて、合鍵までつくられたことがあるし、いつの間にかかけられたタオルに、達筆な字で義母の名前が書いてあったこともあります。その後、合鍵は取り返しましたけど。 ――こちらの都合を考えずに勝手に家にくる義母はイヤですね(笑)。 村井:“過剰な愛”と言いますか、私に対する強い期待、息子に対する愛情、そして孫に対する深い愛っていうのがすごかったんです。だから私は「お義母さん大好き」なんてとても思えなくて、むしろ積極的には関わらないようにしていました。 今考えてみれば、すべて愛情の裏返しだったことはわかりますが、私の実家はカラッとしていて、あんまりベタっとした愛情ではなかったので、やっぱりすごくしんどかったです。 ――そんなお義母さんが認知症だとわかって、どう思われましたか? 村井:そんな感じだったので、初めはまさか認知症だとは思いませんでした。でも、あのビールが来たときに「あれ?」ってなって、それで思い返してみたら、ほかにも10回くらい叩いたのかな…? っていうぐらいぶっ潰れたコロッケを持ってきたりしたこともあったんです。だから認知症よりも先に、まずは更年期とかウツとかを疑いました。 でも、義母が認知症だとはっきりわかったときには、それまでの確執みたいなものはもう本当に失せてしまって…。すごくかわいそうだなって思いました。 それまでは家に来られても「しんどい」しかなかったし、本当に会話も少なかった。それが、発覚後、100倍は会話が増えましたね。物理的に声をかけないといけないことが増えたというのもありますが。