妻子へのモラハラ、部下へのパワハラ。自らの態度が原因で信頼を失った人物の後悔。
優しい人格者で『仏の鳥羽』と呼ばれ、部下からも慕われる上司。 しかし、そんな彼にもかつて、モラハラで妻子を失った過去がありました。 一方鳥羽の娘は父親からの暴言のトラウマに今も苦しんでいて…。 【漫画を読む】『99%離婚 離婚した毒父は変われるか』を最初から読む 先日発表された漫画『99%離婚 離婚した毒父は変われるか』は、モラハラからの更生と夫婦関係の再構築をリアルに描いた話題作、『99%離婚 モラハラ夫は変わるのか』の続編となります。 原作者の中川瑛さんは自らモラハラ当事者であった過去を公表し、DVやモラハラの当事者が行動を改め自分を変えるためのコミュニティサービス『GADHA』を運営しています。『母親だから当たり前?』『規格外な夫婦』など、家族のあり方について描いた作品を発表してきた漫画家の龍たまこさんと一緒に、社会問題を描いたシリーズ作品を発表してきました。 新作『99%離婚 離婚した毒父は変わるのか』は、親子間のモラハラの連鎖や、上司から部下へのパワハラが大きなテーマになっています。この作品について、おふたりにお話を伺いました。 ■『99%離婚 離婚した毒父は変われるか』あらすじ 大手商社の管理職・鳥羽晴喜は、かつては自身のモラハラとDVが原因で離婚し、妻子からは絶縁されていました。自分の行動を後悔した鳥羽は、会社でもモラハラ的な態度を改め「仏の鳥羽さん」と呼ばれるような理解ある管理職になっていました。 そんな鳥羽の同期の北見は、結果を出すためなら手段を選ばず、モラハラやパワハラが多発していた時代を生き延びたため、今もそのやり方を貫いていました。しかし、部下や取引先への高圧的な態度が問題になりつつあって……。 ■『99%離婚 離婚した毒父は変われるか』著者インタビュー ──新作の主人公の鳥羽は、前作の『99%離婚 モラハラ夫は変わるのか』の登場人物のひとりです。前作では主人公の翔をサポートする理解ある優しい上司として描かれていましたが、今作はそんな鳥羽自身の過去のモラハラについて描いています。この鳥羽という人物について思うところを教えて下さい。 龍:鳥羽さんは……本当に本当に悩みながら苦しみながら描いたキャラクターです(笑)。 前作の『99%離婚 モラハラ夫は変わるのか』の時に、主人公の翔を助けるという重要な役割がありました。その時は「かつてモラハラ・DVをしていて離婚したけど、今は自分の加害を認め、振り返り、受け入れた」というバックボーンを意識して描いてまして、自分の中では「辛い過去を受け入れすでに悟った人」くらいの感覚でいたのですが、鳥羽さん自身の「課題」「弱み」みたいなところには触れていなかったんですよね。 今作で、鳥羽さんの過去を深堀りして、『仏の鳥羽さん』の闇の部分を描くことになったわけですが、これがなかなかイメージできなくてとても苦労しました。なんせ、こんな人に会ったことがありませんし、モデルもいなかったので。何度も打ち合わせを重ねて、すこしずつ鳥羽さんの輪郭をつかんでいった感じです。 中川:前作『99%離婚 モラハラ夫は変わるのか』では、鳥羽は自身の過ちを認め、学び直し、周りの人々に対してケアをし、他の人たちの変容を支援するような、ほぼ完璧な人間として描きました。本作でも、その姿勢は変わらず、できる範囲で周りの人たちに対してケアをすることを続けています。彼をロールモデルとして前作に登場させたのは、人は学び、変わることができるというメッセージを伝えたかったからです。 しかし、本作では「それで終わりじゃない」ということを強調したかったんです。人は学び、変わることができますが、それで完璧になるわけではありません。学び、変わったとしても、また違う形で失敗を犯したり、良かれと思って行った行動が意図せず人を傷つけてしまうこともあるんです。鳥羽のキャラクターを通して、そういう人間の脆さや、加害者になってしまう可能性を描きたかったのです。 ──前作では優しく理想的な人物だった鳥羽ですが、今回の作品を読むと印象が変わりますね。 中川:鳥羽は私にとっても非常に思い入れのあるキャラクターです。自分が失敗しても、人のロールモデルになれるような存在は素晴らしいと思います。しかし、モラハラの加害者が変わったからといって全てが許され、完璧な人間になるわけではないという現実もあります。 自分はもう変わった、上手くいった人間だから、という自己認識が、次の加害を認められなくなったり、それゆえに人を傷つけてしまったり、それを否認してしまったりする。そういう難しさを表現したいという思いもありました。 ──鳥羽の娘の奈月は、子どもの頃に受けたモラハラを理由に、今も鳥羽を激しく憎んでいます。 中川:娘への思いについては、親としての葛藤や愛情をリアルに表現できたと思います。子どもとの関わりを求めても叶わない々の絶望感を、鳥羽を通して表現したかったのです。 ──今回の作品では、もうひとりハラスメントの当事者として、鳥羽の同期の北見という人物が登場します。彼は時代が変化していることに気づかず、「自分が若い頃されてきたことだから」と自身のモラハラを正当化しています。 北見についてはどのように感じていますか。 龍:北見さんもある意味では被害者と言えますよね。彼は自分が先輩から学んできたことを部下にも同じようにしているだけなのですから。今の時代になるまではそれで上手くいっていたわけなので、ある程度年齢を重ねてからやり方を変えるのは簡単なことではありません。この作品においては異質なキャラクターに思えるかもしれませんが、わたしたちの周りに北見さんみたいな人はたくさんいると思います。 わたしが子育てをしている中でいつも考えることがあって、それは「今の時代にはこれが正解とされているけど、この子達が大きくなったときにも正解のままとは限らない」ということです。わたしは今この時代に母親として生きているので、できるだけこの時代の最適解とされる育児をしようとするわけですが、その最適解はいつまでも最適解ではないということ。それが原因で子どもたちから非難される可能性があるということ。それを受け入れる覚悟が必要だなと思います。変化を受け入れ、「これが正しい」と固定化するのをやめて、柔軟に生きて行ければと思います。 中川:北見のように、モラハラの加害者たちは自分たちがやっていることが突然「悪」と断罪されることに驚いていると思います。上の世代は普通にやっていたのに、自分たちの世代から急にダメなんて…と。不平等感を感じ、自分たちは貧乏くじを引いたと思っているかもしれません。 その上で、その人のことを見捨てずに、関わっていくことが大切だとも思います。あなたは間違っています、はいさようなら、とされてしまっては、人は学ぶ気にはならないでしょう。そうではなく、そこから学び変わることができるということを示し、共にやっていこうよと、そういって手を取ってくれる人が、この世界には必要なんだと思います。それを支える文化や制度、学びの共同体がこの社会には必要だと思います。 * * * さまざまなキャラクターを通して、『モラハラ』の構造と、当事者たちの苦悩や後悔を描く『99%離婚 離婚した毒父は変わるのか』。問題の解決が一筋縄ではいかないことを描写しながらも、それぞれの立場に共感する人々が一歩を踏み出す勇気をくれる物語です。 取材=ナツメヤシコ/文=レタスユキ