羽賀研二容疑者「強制執行妨害等」で逮捕だが…当初報じられた容疑「公正証書原本不実記載等罪」はどこへ?【弁護士解説】
なぜ報道の罪名が「公正証書原本不実記載罪」から「強制執行妨害罪」へ切り替わったか
愛知県警察本部は、被疑事実に「公正証書原本不実記載等」を挙げており、同罪の成立が否定されたわけではない。しかも、量刑を比べると、公正証書原本不実記載等罪(5年以下の懲役または50万円以下の罰金)・不実記録公正証書原本行使罪のほうが強制執行妨害罪(3年以下の懲役または250万円以下の罰金(併科も可))よりも重い。 ところが、罪名についてのマスコミの報道は「公正証書原本不実記載等」ではなく「強制執行妨害など」に切り替わってきている。それはなぜか。 岡本弁護士:「被疑事実とされる行為自体は『公正証書原本不実記載等罪』に該当することは間違いありません。 報道として『強制執行妨害罪』に統一されつつあるのは、『公正証書原本不実記載等罪』はあくまで手段であり、その目的が『強制執行逃れ』だったため、こちらがメインの犯罪として報道されているのだと思います」 目的となる犯罪よりも、手段となる犯罪のほうが重いのはなぜだろうか。 岡本弁護士:「公正証書原本不実記載等罪の量刑が重い理由は、公正証書原本の証拠価値に対する社会公共の信頼を保護するためです。 公正証書は、そこに記載・記録された事実について、公的機関が『真実だ』というお墨付きを与えるものです。もしも、公正証書の原本に虚偽の事実が記載・記録されてしまった場合、公正証書に対する信用は大きく毀損されます。『5年以下の懲役または50万円以下の罰金』という重い刑罰が定められている理由は、そこにあります。 すでにお伝えしたように、公正証書原本不実記載等罪が成立するのは、虚偽登記をして強制執行逃れをする場合だけではありません。本件においては、その行為が強制執行妨害の手段として用いられたというだけのことです。 そう考えると、目的となる犯罪よりも手段となる犯罪のほうが重くなるというのは、決して不自然なことではありません」
3つの犯罪が成立する場合の「法定刑」は?
本件では、羽賀容疑者らの行為は3つの罪の構成要件に該当することになる。法定刑はそれぞれ以下の通り定められている。 ①電磁的公正証書原本不実記録罪(刑法157条1項):5年以下の懲役または50万円以下の罰金 ②不実記録公正証書原本行使罪(刑法158条1項):5年以下の懲役または50万円以下の罰金 ③強制執行妨害目的財産損壊等罪(刑法96条の2-1号):3年以下の懲役または250万円以下の罰金(併科も可) もし、これら全部が成立する場合、どのように処断され、法定刑はどうなるのか。 岡本弁護士:「同じ行為者について複数の犯罪が成立する場合、刑法で処理方法が定められています。刑法では『罪数論』といってかなり理論的に難しい分野ですが、ここでは、裁判例などの実務でもっとも標準的と考えられる処理を紹介します(大阪地裁平成16年(2004年)5月7日判決等参照)。 まず、①の罪と②の罪は『手段と結果の関係』にあります。複数の犯罪が手段と結果の関係にある場合を『牽連犯』といい、最も重い罪で処断されます(刑法54条1項後段)。 次に、①の罪と③の罪は『1個の行為が2つの犯罪に該当している』と評価できます。②の罪と③の罪も同様です。この場合には『観念的競合』といって、最も重い罪で処断されます(刑法54条1項前段)。 結果として、①②③は刑罰を科するうえでは『1罪』として扱われ、最も刑罰と犯情が重い②の罪、すなわち『不実記録公正証書原本行使罪』で処断されることになります。法定刑は5年以下の懲役または50万円以下の罰金です」 「公正証書原本不実記載等罪」は、その字面のイメージと実際の行為形態が異なるうえ、罪の意識が乏しいままに犯してしまいかねない犯罪である。 もとより、真実を申告しなかったからといって、必ずしも罪に問われるわけではない。しかし、少なくとも、公的機関に対して何らかの申し立てを行う場合には、犯罪にならないよう十分に注意を払う必要があると考えるべきだろう。
弁護士JP編集部