「お前は金メダルが見えなかった」 栄監督にも見抜けなかった「登坂絵莉」の才能が開花したワケ(小林信也)
名将も「見えなかった」
世界選手権を3連覇して迎えた16年リオ五輪。決勝の相手は前年の世界選手権決勝で終了直前にようやく逆転勝ちした因縁のライバル、スタドニック(アゼルバイジャン)だった。 「序盤から攻めていくつもりでした。ところが思った以上にスタドニックの気持ちが強くて、まったく攻められませんでした」 1対2で終盤を迎えた。 「最後に時計を見た時、残り45秒でした。『世界選手権3連覇してオリンピックは銀か』、一瞬そう思った。でもすぐ自分の方が有利だと思った。相手は逃げるか攻めるかで迷う。疲れもある。私には攻めるしか選択肢がない。そこからはもう何も覚えていません」 残り13秒、スタドニックの右足を取ると磨き抜いた崩しの技でマットに這わせバックを奪った。残り5秒の逆転劇だった。日の丸を持って大喜びする栄監督を肩車して登坂はマットを駆けた。栄に後で言われた。 「梨紗子も沙羅(土性)も入ってきた時に金メダルが見えた。お前はそれが見えなかった。よくやったな」 名将にも見抜けなかった才能を、登坂自身が開花させた瞬間だった。
小林信也(こばやしのぶや) スポーツライター。1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。大学ではフリスビーに熱中し、日本代表として世界選手権出場。ディスクゴルフ日本選手権優勝。「ナンバー」編集部等を経て独立。『高校野球が危ない!』『長嶋茂雄 永遠伝説』など著書多数。 「週刊新潮」2024年9月26日号 掲載
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