90代から学んだ「老い」への向き合い方。不安になる人とそうでない人の違い
救急車で搬送され、生死の境をさまよった
体にばい菌が入ると、それ以上の繁殖を防ぐために体が発熱し、免疫細胞がばい菌を退治します。体からウミが出るのは、免疫細胞がばい菌と闘った末に出る死骸なのです。発熱や炎症はけっして悪いことではなく、生きるために体が闘っているサインであり、自分の体を見直す機会でもあります。 だから自分の体をしっかり観察して、少しでも体に異常があるときは、体を守る力を十分に発揮するためにも、休まなくてはいけません。 しかし、そのことを知る前の私は、栄養ドリンクの世話になってばかり。空手で鍛えているからと、自分の体を過信して、どこまでできるか自分の体にチャレンジするつもりで、ジェットコースターのように、大きな山場を登っては下り、登っては下りが延々と続くハードな毎日を過ごしていました。 そしてついに、救急車で病院に緊急搬送されます。血尿とインフルエンザで病院を訪れ、処方された薬がきっかけでアナフィラキシーショック症状を起こしたのです。あとで看護師さんに聞いたところ、心肺停止の寸前までいき、生死の境をさまよっていたそうです。 人生は根性だけではなんともならず、また体だけでもなんともならないことを思い知った出来事でした。 それ以降、私は、ひとりですべてを抱え込まず、任せられることは、どんどん人に任せることにしました。仕事も譲り、社長の職も譲り、その結果、私が現役のときよりもずっと売り上げが伸びたのです。 まさに病に学ぶ=「学病」を、身をもって体験したわけです。
老いも病も、心の機微を運んでくれる人生の道しるべ
病気で倒れることは負けではありません。病気は敵ではなく、自分の状態を知り、それまでの自分のあり方を見直し、「無理のないやり方に変えていけ!」という自分自身からの合図なのです。 老いも病も、さまざまな心の機微を運んでくれる人生の道しるべです。うとむことなく、目を背けることなく、きちんと向き合い、楽しんでしまうくらいのおおらかさが必要です。 少子高齢化が危惧される昨今ですが、私は、こんな時代だからこそ、お年寄りが街にあふれ、にこにこしながら、堂々と老いの姿を見せてくれるのがいい、と考えます。それがきっとこの社会が豊かであるという証しだと思うのです。 「病気に勝たなければならない、老いと闘い続けなくてはならない」などという価値観は「遊老学病」のお年寄りたちの笑い声で吹き飛んでいくといいですね。
ESSEonline編集部