「武」のスポーツと小悪ボス。日本社会が失った「諫言」の厳しい奉公人精神
スポーツの科学化
また近年は、スポーツの科学化が著しい。 トレーニング方法の機械化、肉体の働きの数値的分析、栄養と休養と精神面のコントロールに至るまで、管理化され科学化されている。監督もコーチもトレーナーも、医師や栄養士やIT技術者と相談しながらコンピューターとにらめっこだ。選手の精神も大きく変わりつつある。 だが、旧来の組織とその上の方にいる人間(比較的高齢)の頭は簡単には変われない。相変わらずの精神主義が残っている。逆に、科学化し、管理化する中においてこそ、人間関係のギャップが生まれ、奇妙に古い体質の権力が肥大したという感もある。WBA世界ミドル級チャンピオンの村田諒太は「悪しき古き人間達」と表現した。実感なのだろう。 今回、コンタクトの激しいスポーツにおいて、封建的な武士道的な古い精神文化と、スポーツ科学的な新しい合理文化の「軋轢」が表出したとはいえる。
『葉隠』における「諫言」の重視
日本的にいえば、レスリングもアメフトもボクシングも「武の道」である。ではその精神規範としての「武士道」は、単に「古き悪しき」ものとなったのか。 思い起こされるのは『葉隠(はがくれ)』における「諫言」の記述である。 『葉隠』とは、江戸中期、平和が続き武士の戦場精神にほころびが出始めたころ、鍋島藩士山本常朝の言葉を田代陣基が書き留めたもので、日本武士道の一つの典型である。有名な「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」という過激な言葉、また主君への忠誠を同性間の恋愛に模して語るなど、やや「危ない」ところもあって江戸時代から禁書扱いされてきた。 しかしそれだけに、平和な時代の常識を穿つような鋭い卓見も秘められている。「死ぬ事と見つけたり」は、単に命を粗末にしろというのではなく、当時、上方(九州から見て江戸も「上方」とされた)に流行しつつあった道徳論的な武士道を、実際の戦場では生半可な知恵は役に立たず、生死を考えずに一歩踏み出すしかないと、ある種のリアリズムによって批判したものである。 僕が注目したいのは、主君に対する批判的な忠告すなわち「諫言」についてかなりのページが割かれていることだ。奉公人(主君と藩に仕える立場をそう表現している)は、単に主君に忠節を尽くすばかりでなく、場合によっては、厳しい忠告をすべきであるとしている。 それには日頃からその忠誠と判断力に信頼を得ていなくてはならない。また主君があまりにもその任にふさわしくない場合は「押込」というクーデター的な幽閉もあるとしている。もちろんそこには、命がけの覚悟が必要だ。