にしおかすみこ、認知症の母の誕生日をダウン症の姉と料亭で祝う
フフフ、フフフ
付き添う母が「フフフ、フフフ」を混ぜながら、「緊張してんの!知らないとこだし。内弁慶だし。あんまり急かすと余計ドキドキして吐くから」。ああ、そう。そうだった。 そこへ「いらっしゃいませ」と朗らかな声に呼ばれた。前を向くと、料亭の開け放たれた引き戸から仲居さんが数人、姿を現し出迎えてくださる。 「予約した西岡です。よろしくお願いします」とご挨拶し、もう一度ふたりの方を振り返る。もうすぐそこまで来ている姉がこの世の終わりみたいな顔で立ちすくんでいる。何でだよ。私は数歩戻り、デリケートな花嫁の空いているほうの手を握る。と、小さな声で耳打ちしてくる。「りゅうぐうじょうに きちゃった」 あ、そんな風に見えるの? じゃあ、良いってこと? 死んだ魚みたいな顔をしているけれど。 仲居さんに導かれ玄関を跨ぐ。 そして「わぁ、歴史がある素敵な廊下ですねえ。ギシギシ言いますものねえ」という母の下手くそな気遣いを聞き流しながら個室へ。「え?個室?ウチは無理よ」とすぐさまババアが不安を見せる。 そうなのだ。私はランチを予約した1ヵ月前からずっとこう思っている。 「貯金もないのに、お料理込みでお値段3万ちょーーーい!どうだー!明日は野となれ山となれー!」
畳に掘りごたつだよ
値段は言わず、「そりゃ高いよ。ね、それより見て。畳に掘りごたつだよ。お庭もすごくない?」と母の気を逸らす。 華奢で繊細な木枠の窓から里山のような庭園が広がっている。ハラハラと落ちゆく葉までもがおもてなしに見える。思わずふたりで「わぁ」と声を漏らす。 ガチガチだった姉が恐る恐る掘りごたつに足を下ろし、「あれぇ?ゆかが ないの!あなになってる」。 「そうだよ。正座して足痺れたぁってならないよ」と返したら、 「やっと うまれてはじめて じゆうになれた」 けっこう毎日自由だろうが。 母が姉の隣に座る。景色が見える側だ。その向かいにテーブルを挟み私も腰を下ろした。間に仕切りのアクリル板はない。 「ねえ、すみ。あんたいっつもお金、お金ってケチるけど。お金がしんどくてもさ、今こうやって、ちょっとでもみんなが幸せを感じるならば良しとしようよ。また働けばいいのよ」 うん。それは私が言うセリフだ。誰が働いてると思っているんだ。反感と安心で気持ちがモヤっとする。