<BOX>藤本京太郎が「弱者の兵法」でアジア人初の東洋太平洋ヘビー級王者
プロボクシングのOPBF東洋太平洋ヘビー級王座決定戦が14日、後楽園ホールで行われ、同級1位で日本王者の藤本京太郎(30、角海老宝石)が同級2位のウィリー・ナッシオ(30、豪州)を3-0の大差判定で下して新王者となった。日本人どころかアジアでヘビー級の東洋王者は初の快挙。ナッシオは、11戦10勝9KOの戦績を誇る強打の豪州国内王者だったが、京太郎は2回に右ストレートでダウンを奪い、足を使ったクレバーなボクシングで逃げ切り勝ちを収めた。K-1王者から転向5年目にしてアジアナンバーワンへ。世界ランキングに入る可能性が高いが、陣営はWBOのアジア・パフィフィックヘビー級の王座を含めた“アジア3冠”を狙うプランを抱いている。
勇気と臆病の狭間に勝利のヒントは落ちていた。 最後は、恥をしのんで、逃げて、逃げて、逃げまくった。ロープ際、体をねじるようにして豪州王者の一発逆転を狙ったパンチに空を切らせて12ラウンド終了のゴングを聞く。この試合、オープンスコアシステムが導入されていて、8ラウンド終了時点で、2人が4ポイント、1人が6ポイント差で京太郎を支持していたから、最後まで無傷で、そこに立っていた日本人初の東洋王者誕生に、もう何の疑いもなかった。 お喋りな新王者は、リング上で「ここまで5年かかった。僕みたいなものでも頑張ればできることを証明できた」と、陽気に語った。 最終的には「118-109」「116-111」「116-112」の大差スコアを突きつけられたナッシオは、「つかまえきれなかった。あいつはまるで魚のようにスルスルとおれのパンチを避けやがった」と、控え室で苦笑いを浮かべた。それでも判定結果についてどう思うか? と聞かれると、「妥当だった。おれがクリスマスから正月に食べ過ぎて10キロもベスト体重からオーバーしてさえいなければ負けていなかったけどな」と、よくもありがちな言い訳をした。 京太郎は、最初から最後まで逃げていたわけではない。実に巧妙でクレバーなボクシングで試合を支配した。体重差は15キロ。体格、パワーでは大きなハンディを背負う島国のボクサーの弱者の兵法を徹底したのである。 1ラウンドからノーガードで息のつけない強烈なプレスをかけられた。2ラウンドに、フック、アッパーの嵐をかいくぐって右のストレートを出すと、それがダメージブローとなってナッシオは膝から崩れた。 「何があたったんですか?」。試合後に京太郎が聞きなおし、浴びた豪州王者が「サプライズなパンチだった」と驚くほど、無心で伸びたショートカウンターだった。 だが、深追いはしない。6ラウンドには右ストレートから左フックのコンビネーションが次々とヒット、ナッツオはぐらつき、グロッキー寸前のダメージを与えたが、フィニッシュにはもっていかなかった。 「だってしんどいっす。当たっても当たっても倒れない。それに相手のパンチがきくもん。怖いですよ」 常にリスクを頭に置いた、 フェイントを入れながら上下に綺麗に左ジャブを打ち分けた。 序盤は、相打ちになっていて、リーチで短い京太郎のそれは、いくぶんと劣勢だったが、ステップを踏みながら、執拗にフェイントを続けることで、それがヒットし始める。 セコンドからは、元日本ミニマム級王者の阿部弘幸トレーナーが、「出入り!」「出入り!」と最後まで声をふり絞った。 「試合前から2人で決めていたんです。最初から最後まで出入りを続けてベルトを取ることだけにこだわろうと。危ないパンチを持っている相手ですから、打ち合いなどできません。左の上下からのコンビネーション、右ストレートからの左フックと、単発に終わらないことを徹底しました。それと、彼はk-1時代からリングを右周りすることが癖になっていて、それが上手くいきました」 オーソドックススタイル同士の対戦では、セオリーと逆になる、京太郎の右へ右へと動くサークリングがナッシオを戸惑わせたようである。 コーナーにつめられると、走るように、そこから脱出して自分に有利なポジションに変えた。12ラウンドを走り続けたヘビー級とは思えない“ランニングボクシング”が、勝者と敗者を分けた。追いかけることで消耗させられ、スタミナの切れた豪州王者は、11、12ラウンドは、ぐったりして、まるで手が出ていなかった。見事なまでにリスクを避けて勝つことに徹した弱者の兵法の勝利と言える。