文明と接触したことのない原住民「イゾラド」を初めて撮影した映像の衝撃
2016年8月、すさまじいドキュメンタリーがNHKで放送された。 文明社会と接触したことがない「原初の人々」が、いまだにアマゾン川の奥地にいる。アマゾン源流域、ブラジルとペルーの国境地帯にいるという彼らは、部族名も言語も人数もわからない。「隔絶された人々」という意味の「イゾラド」と呼ばれる謎の先住民族である。 【画像】男性は性器の先を紐で結んで、腰のところでゆわえている 撮影当時、そのイゾラドの目撃情報が相次いでいた。森に猟に入った若者が弓矢で腹を射抜かれた。川辺で遊んでいた少女の足元に数本の矢が飛んできた。イゾラドの集団にとり囲まれた村からSOSが発信された……。なぜ彼らは突如として、文明社会の領域に姿を現すようになったのか。 衝撃とともに放送された「NHKスペシャル 大アマゾン 最後の秘境」の第4集「最後のイゾラド 森の果て 未知の人々」は、「ヤノマミ」などの作品で知られる国分拓ディレクターの手による大型企画だ。 国分氏たちスタッフは、ペルー政府との交渉の末、イゾラドを監視する複数の最前線基地に、テレビ局として初めて滞在し、彼らの撮影に成功。森の彼方から聞こえてくる、「知られざる、しかし私たちと同じ人間の声」に耳を澄ました。国分氏へのインタビューを、2025年1月8日(水)午前1:30からの再放送を前に再掲載する。 ──番組の冒頭の映像は、住民提供のものですが、ここからして相当の迫力です。 もともとはペルー政府の影響下にあるNGOが、カメラを村民に渡して先住民の撮影を頼んでいたんですね。途中からはNHKからも撮影機材を村民に提供して、ビデオ撮影を頼みました。 ──イゾラドたちは基本的に何も身につけていないようですね。 男性は性器の先を紐で結んで、腰のところでゆわえていますね。女性のほうは一切性器も隠していません。普通は腰巻きなどで微妙に隠していますから、世界の原住民のなかでも、相当に珍しいケースだと思います。 ──イゾラドに関しては、国分さんはかつて「NHKスペシャル 隔絶された人々 イゾラド」という番組を沢木耕太郎氏とともに制作し、沢木さんもその顛末の一部を著書『イルカと墜落』(文藝春秋)で書いています。 私が1999年にはじめてブラジルに行ったとき、そこで政府系NGOの活動家と知り合います。その10年ほど前に発見されたイゾラド、アウレとアウラという2人の話を聞きました。出現当時の推定年齢が30歳から35歳だったこの2人は、文明社会と接触しないまま生きてきた部族の最後の生き残りだったわけですが、これがイゾラドというものを知った瞬間でした。 寓話的というのか……とてつもなく面白く、示唆に満ちた話だと思ったのです。 番組では、アウレとアウラだけではなく、91年からブラジル政府が5年がかりで接触して保護していた19人の小さなイゾラド集団も取り上げました。その2つを2002年に沢木さんとともに取材し、2003年に放送したのがその番組です。 ──今回の番組に登場するイゾラドは、2003年の番組とはまったく異なるのですね。 そうです。前回の放送に登場したイゾラドは、すでに政府に保護されていますから、厳密にいえば「元イゾラド」です。ところが、イゾラドのような「原初の人々」は、地球上にはごくわずかだけどまだ現存していて、おそらくその最後の一団が、ここ数年次々と目撃されている。 今回の番組に登場するイゾラドは、文字通り、外界と接触してこなかった人たちとされています。 ──国分さんは、一方で2009年に「最後の石器人」と呼ばれていた部族を150日密着撮影した「NHKスペシャル ヤノマミ~奥アマゾン 原初の森に生きる~」を放送し、その書籍版は大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しました。 ヤノマミ族のなかにはイゾラドというのは、もはや存在しないといわれています。すでに彼らは近代社会と接触をしていて保護されています。だから、多少は近代的な生活も入ってきている。ただしヤノマミが他の先住民と違うのは、昔の伝統をある程度キープしていて、しかも母集団の人数が多い点です。 私たちが同居したヤノマミの集団は、当初は政府やNGOから逃げ回っていましたが、最終的に1980年代前半に説得に応じて保護区に定住し、自分たちの伝統的な文化を守ったまま生きることになったヤノマミの1グループです。 ──今回の撮影カメラマンは、菅井禎亮氏で、「ヤノマミ」のときと同じスタッフです。 彼は上手いし、場の空気にすぐ慣れてしまうキャラクターがありますから、安心して仕事ができました。 ──イゾラドに接触するためにはものすごい量の注射も打っていかないといけないそうですね。 10種類近く打つんですが、予防注射は自分たちを守るためではなく、イゾラドに病原菌をうつさないためにするんです。イゾラド側は免疫がないから、無謀な接触をすると死んでしまう可能性がある。 ペルー政府はイゾラドとの接触を続けていますが、なるべく早く予防注射を彼らに接種したいと言っていました。 しかし、彼らは予防注射も注射器もプラスティックやガラスに入っている薬剤のことも何も知りません。相当な信頼関係がないと、あんな痛いもの、打たせてもらえません。 予防注射を打てるまでにはものすごく時間がかかります。以前ブラジルで取材した元イゾラドのケースだと、ドクターが自分の腕に何回も打って見せて、ついに5年後に接種に成功したそうです。 ──さて、撮影の時間順なのですが、いつ頃から交渉を始めたわけですか。 いろいろなルートから、どうやらイゾラドの目撃情報が相次いでいるという話が聞こえてきて、2013年からペルー政府との交渉を開始しました。イゾラド保護のために動いている彼らに独占で密着させてほしいという交渉ですね。 2014年秋にゴーサインが出て、私たちスタッフもアマゾンに向かいました。私たちが到着した10日前にイゾラドが姿を現したのですが、残念ながら私たちの滞在中に彼らが再度出てくることはありませんでした。 ──どれくらい待ち続けようと考えていたのですか。 途中から雨季になり雨がばんばん降ってきたんです。川が増水すると、彼らは母集団のいる居住域に戻れなくなるらしいのです。彼らは泳げないし船も持っていませんから、川を渡れなくなるんですね。専門家も、「もう帰った」と断言していましたし、諦めざるを得ませんでした。 ──そこで、現地の村人にはイゾラドが出たら撮影をしておいてくれとビデオを渡して、いったん国分さんたちは帰国したわけですね。その後、彼らと接触を続けていた現地の村人たちがどうなったかは、番組を見ていただきたいですが、今回の番組では、この後にまったく別のイゾラドの集団が登場します。国分さんたちが撮影に成功したのは、この人たちですね。 2つとも、同じマシュコ・ピロ族という集団ですが、彼ら同士は面識はないと推定されています。それぞれ集団で森を移動して行動していますが、お互いの移動しているエリアの間には太い川が2本ありますから、それらを渡ることはできないからです。 両者は同じ民族だけど面識のない別のグループで、それぞれ100人から200人ほどいるのではないかと推測されています。
COURRiER Japon