デーヴィッド・マークスの東京テーラー探訪
日本のファッションを研究し、テーラードを愛する文筆家のデーヴィッド・マークス。現代の服飾アルチザンである2人の日本人テーラーを訪ね、その魅力を自ら探りだす。 【写真の記事を読む】日本のファッションを研究し、テーラードを愛する文筆家のデーヴィッド・マークス。現代の服飾アルチザンである2人の日本人テーラーを訪ね、その魅力を自ら探りだす。
アメトラの美学を追求する世界から注目されるテーラー
オンラインショッピングが当たり前の現在、ラグジュアリーブランドからファストファッションまで、簡単にスーツを手に入れることができる。しかし本物のトラッドスーツとなると話は別。ある程度の知識がないと、服好きを満足させる一着を手にすることはできない。しかし自分は日本のファッション文化を取材するなかで、その手の情報も積極的に収集した。結果、世界トップクラスといえる日本のテーラー・アルチザンに出会うことができたのである。 なかでも、10年来の付き合いがあるのが、東京・渋谷のテーラーケイドだ。店主でありテーラーでもある山本祐平さんは、僕の大切なトラッド仲間のひとりで、ケイドでは2着のオーダーメイドを済ませている。ひとつはダブルブレステッドのニューポートジャケット(ネイビーブレザー)。そしてもうひとつはチノクロスを使ったシングルブレステッドのスーツだ。山本さんはアメトラ・スタイルの服作りを完璧にマスターした名人であり、さらに僕らしさを十分に取り入れて服を作りだすマイスターなのだ。 彼は14歳の時にケーリー・グラントやポール・ニューマンなどが出演するアメリカンムービーを観てテーラーを目指した人。その考えが今も変わらないのは、彼のスキのないトラッドスタイルからも理解できる。山本さんの言葉で印象深いのは「たとえば街で格好いいビンテージカーを見たりすると、“やった!”と思わずテンションも上がるじゃない?そういった服を作りたい」というもの。昔から存在するモノだが颯爽としていて、街に馴染んで現代的にもしっかり機能する服作りを実践している。 「素材がどこ製の生地だ、ここが手縫いだなど、見栄を張るのではなく、着て心地よくスマートで洒落て見える服作りがケイド流のポイントです」と語る。それゆえにその良さを具体的に説明するのは非常に難しい。僕が注文したチノ・スーツも、言ってしまえばごく普通のコットンスーツだ。しかし着てみるとある種のフォーマル感も出るし、しかも決して肩肘張らず、そして着心地が極めて快適。ブルックスブラザーズで有名なナチュラルショルダーであるが、山本さんのソレはとりわけ理想的であるのを強調しておきたい。昨今はイタリア製の軽い仕立ても流行っているが、ケイドの打ち出すナチュラルショルダーは、ただパッドを抜いたりゆき綿を減らしただけではなく、着る人のボディを前提に計算された、自然な軽さまでデザインした仕立てなのだ。そんな山本さんは10年前からニューヨークでトランクショーを開催している。そしてこれが予想以上に若者にも好評とのこと。彼自身はそれについてこう指摘する。「僕らが作るアメトラをベースとしたハンドメイドのアイテムは、非常にニーズがあるように感じます。英国やイタリアものに較べて主張がそれほど強くなく、いつの時代に誰が着てもさり気なくフィットするユニバーサルでアンダーステイトメントなもの。ケイドの場合はそこにその人なりの習慣やスタイルを込めています。そういった仕立て服を必要とする人が、昨今増えているように感じます」。この考えは僕自身のスタイルや主義ともマッチするものであり、自分は近々もう1 着、ケイドでスーツを仕立てようと考えている。山本さんのお薦めはツイードだが、個人的にツイード服は一年のなかで着用できる期間が短いように感じる。一時的なお洒落着は別として、日常用のテーラードアイテムは、普段のシーンで万能に使えるものが望ましい。そういう意味で、無地のチャコールグレーのウールスーツは便利。ケイド製の1着ならば、仕事でもそれ以外でも心地よく着られて、しかも自分らしい雰囲気になるに違いない。