デーヴィッド・マークスの東京テーラー探訪
サヴィル・ロウと東京をミックスした気鋭のテーラー
本のスーツ・アルチザンとして、個人的に気になるもう一人は平野史也さんだ。現在39歳にして日本はもちろん香港や欧州、それにアメリカで人気を博しているテーラーである。スーツの聖地、ロンドンのサヴィル・ロウで学んだ平野さんは、まさに本流のトラッドスーツを作る職人。会うのは今回の取材がはじめてだが、彼の高まり続ける人気の秘密を聞きだしたく東京・西麻布のアトリエを訪れた。 聞けば平野さんは若い頃、日本国内の服飾専門学校に通う傍ら、アルバイトとしてセレクトショップの販売スタッフも経験したという。そういった生活のなかで、デザインや縫製、そして接客など、アパレル業務の多くに可能性を感じたという。しかし、いずれ卒業したら何か一つに絞らなければならないことに、不満を感じていたと振り返った。 「あるときテーラードのアイテムに触れて、行くべき進路を見つけたように思いました。というのも、テーラーならば接客や採寸に始まり、素材選びやカッティング、そして縫製や着方の提案まで、一括して携わることができるから。そこで国内のテーラーにて6年ほどで基本的な修業を済ませ、28歳のときに英国のサヴィル・ロウの名門、ヘンリープールに入社しました」 僕はテーラードこそは、服好きが行き着く先と考えている。しかし現在は急速にカジュアル化が叫ばれる世の中だ。英国式スーツは特に長い歴史を持つものだが、そのポジションに変化はあるのだろうか。「個人的に言えば、特に大きな変化は感じません。確かに昨今はタイドアップで働く業種も減少傾向。重厚な仕立てが昨今の気候にマッチしない部分もあるでしょう。しかし世界には格式ある会議や威厳をもって人前に立つことを期待される職業の方がいらっしゃいます。そういった方達はクラシックなスーツを好むように感じます」 平野さんが手掛けるスーツは、ドレススタイルという言葉の意味を再認識させる貫録が特に印象的だ。それはアメリカ的やイタリア的とは一線を画すもの。なかでも平野流となるポイントを聞いてみた。「基本的にはヘンリープール流がベースです。肩は構築的かつ腰をしっかり絞り、胸回りにイングリッシュドレープを設けて凛々しく見せるスタイル。ただし、日本人にはそのままでは着づらくなることも。猫背であったり前肩などの体格を考慮し、随時体型補正を加えています。そういった意味では渡英前に学んだ日本式テーラードとのハイブリッドスタイルが、自分流かもしれません」 今ではニューヨークや香港、それに韓国などにも赴く平野さん。人気のテーラーとしてブレイクした切っ掛けは、一体どこにあるのだろう。「以前からアジア人や外国人が手掛ける英国流テーラードというものは存在しました。しかし、亜流という風評は拭いがたいものがありました。ただ、僕が独立した2015年はSNSでの発信がメディアとして確立しだしたタイミング。特に香港のドレッサーは積極的にSNSを活用する方が多く、そういった人達による僕のスーツの紹介が、コアな人々に受け入れられた印象があります。非常にタイミングが良かったのでしょう」 日本人らしく謙遜して話す平野さん。しかし彼のスーツが他の英国調とは異なることは、すでに各方面で実証済みだ。それが証拠に数々のトランクショーの他、日本国内でも著名ショップが平野さんのアイテムを取り扱っている。英国的な美観はそのままに、緻密で正確な縫製が平野メイドのひとつのポイントだと思われる。決してタイミングだけでここまで支持を広げたわけではない。僕もジャーナリストとして威厳をもって人前に立つことを期待される日が来るのなら、平野さんのスーツを纏って壇上に上がってみたいものである。 W. DAVID MARX 1978年、アメリカ生まれ。出版社でのインターン時代に日本のファッション文化に興味を持ち、日本独特の文化であるアメトラを分析した書籍『AMETORA』を2017年に出版。2024年8 月に2冊目の書籍『STATUS AND CULTURE』の和訳が筑摩書房から出版された。 TAILOR CAID 東京、渋谷にて2002年に創業したテーラー。アメリカントラッドを背景としたクラシカルなスーツなど、クロージングアイテムのオーダを受け付ける。東京都渋谷区宇田川町42-15 2F ☎03-6685-1101 ㊡木曜、第2・4日曜(アポイント制)http://www.tailorcaid.com/ FUMIYA HIRANO BESPOKE 英国のヘンリープールにて修業を積んだテーラー、平野史也のアトリエ。本格的な英国スタイルに、独自の補正技術を取り入れたスーツはまさに至高。 東京都港区西麻布2-23-8 南雲ビル 1F ☎03-67126625(アポイント制) https://www.fumiyahirano.com/ PHOTOGRAPHS BY KOHEI OMACHI @ W WORDS BY TSUYOSHI HASEGAWA