「鉄腕アトム」も誤訳された…少し小難しい「危険な誤訳」という話をしよう
「ディスインフォメーション」の翻訳をめぐって
こう考えると、外国語が翻訳されるとき、その翻訳に政治的圧力が加えられる可能性があることに気づくだろう。森鴎外は外国の思想の流入自体を取り締まろうとする明治政府を批判したかったわけだが、つぎの障壁となるのが翻訳ということになる。この翻訳において、外国語の本来もっている意味合いを歪めてしまえば、海外における価値観や思想と違うかたちでの国内受容が可能となるわけだ。 その「インチキ」が、いま日本で着々と進んでいる。それは、「ディスインフォメーション」(disinformation)という英語の翻訳をめぐるものだ。 「ディスインフォメーション」の訳語をめぐる布石 第一に、「ディスインフォメーション」という言葉をめぐって、情報統制への布石がすでに打たれている。試しにディスインフォメーションをグーグル検索してみると、「コトバンク」のサイトが最初に出てくる。小学館の「デジタル大辞泉」を出典として、「国家・企業・組織あるいは人の信用を失墜させるために、マスコミなどを利用して故意に流す虚偽の情報」と説明している。 だが、「ウィキペディア」には、なぜかディスインフォメーションの説明はない。「偽情報」がdisinformationの訳とされ、「虚偽情報の拡散・情報改竄・情報の抹消行為などで敵・標的の認知を変容させる情報戦の一種」と解説されている。 どうにも不誠実なのは、disinformation自体を英語のウィキペディアでみてみると、「ウィキペディアにおけるディスインフォメーションとは、欺瞞や不和を促進する目的で意図的に偽の情報を広めることである」と説明されている点だ。要するに、ディスインフォメーションに対する日本語の説明と英語の説明がまったく異なっているのだ。 どうやらこうした混乱のなかで、「ディスインフォメーション=偽情報」という理解のもとに、こうした「ディスインフォメーション=偽情報」を減らすために規制が必要だという論調がいま、日本で高まりつつある。 その際、特徴的なのは、SNS上の「ディスインフォメーション=偽情報」が問題だから規制が必要だと、新聞社などの既存マスメディアが論調づくりをしている点だ。たとえば、「戦争の「顔」が急速に変わりつつある。SNSを通じて偽情報(ディスインフォメーション)などを流し、相手を攪乱(かくらん)して優位に立とうとする情報戦の要素が強まっている」と、朝日新聞の小村田義之記者は書いている。 2024年5月3日には、「SNS規制『必要』85% 選挙に偽情報影響『心配』82% 朝日新聞社世論調査」なる記事まで配信する始末だ。「自分たちによるチェックが必要だ」という目論見が透けて見えてくる。