「鉄腕アトム」も誤訳された…少し小難しい「危険な誤訳」という話をしよう
鉄腕アトム
外国の思想は外国語を通じて入ってくる。このとき、翻訳が問題になる。それは、外国語を日本語にする場合にも、日本語を外国語に翻訳する場合も同じだ。 たとえば、「鉄腕アトム」(下図を参照)とその翻訳である「アストロボーイ」の関係をみてみよう。吉村和真著「「鉄腕アトム」に込められた手塚治虫の思想:〈宇宙人〉を迎えるために」によると、「手塚の意に反して、アトムはその名前のイメージから、文字通り「原子力」延いては「原発」との積極的な関係を担わされてきた」。鉄腕アトムは、「原発推進派にとって都合の良いマスコットとして扱われることになった」というのである。 手塚自身は、鉄腕アトムの原型である「アトム大使」を作成する際、「クリスマス島で水爆実験が行われたことを思い出し、ああ、この科学技術を平和利用できたらなと憂い、原子力を平和に使う架空の国の話を描こうと思って、題名を「アトム大陸」とつけた。アトムとは、もちろん単に原子の意味である」と書いている。 原子(atom)には、原子核(nucleus)があって、核融合(原子核が結合してより重い原子核を形成する)や核分裂(重い原子核が2つの軽い原子核に分裂する)などの核過程は、原子核の変化を伴い、大量のエネルギーを放出する。つまり、日本では、原子を意味するアトムという言葉を使うことで、その中心に位置する原子核が核兵器や核発電に利用されるというイメージを隠蔽(いんぺい)しようとする動きが存在したのだ。 その結果、いまでも、鉄腕アトムという言葉に違和感をいだくこともなく、原発(原子力発電所)という日本語も定着している。その結果、原発と核兵器が同じ核分裂エネルギーを利用していることを知らない大学生が大勢いる(私が教えていた高知大学の場合、2011年の東日本大震災を経て、ようやくこの事実に気づく学生が増えたようだが)。 英語では、原発はnuclear power plantsであり、直訳すれば、核発電所である。つまり、英語と同じく、核発電所と日本語訳していれば、核兵器(nuclear weapons)と同じ核分裂によってエネルギーをつくり出していることが理解されやすくなる(ゆえに、私の著書『知られざる地政学』〈上下巻〉や『帝国主義アメリカの野望』などでは、原発ではなく核発電所という言葉しか登場しない)。 逆に、アメリカで鉄腕アトムが「アストロボーイ」(Astro Boy)と訳されたのは、おそらく「アトム」という言葉に対する違和感があったからだろう。「アストロ」は星や宇宙と関係ある単語をつくるときの接頭辞であり、こちらのほうが鉄腕アトムの原型で、地球人と宇宙人との提携をめざす「アトム大使」(Atom Taishi[Ambassador Atom])に近いイメージであったこともある。