ドリス・ヴァン・ノッテン、“デザイナーが敬愛するデザイナー”最後のショー【2025年春夏コレクション】
6月22日(現地時間)、パリ・ファッションウィークでドリス ヴァン ノッテンの2025年春夏コレクションが発表された。創業者でクリエイティブ・ディレクターのドリス・ヴァン・ノッテンが手がける最後のショーには、「アントワープの6人」のメンバーを含む数多くのデザイナーたちが集った。 【写真69枚】ドリス ヴァン ノッテン2025年春夏コレクションの全ルックおよび来場ゲストチェック! 「ちょっと自分の気持ちに圧倒されそうです」。ドリス・ヴァン・ノッテンは私に言った。土曜日の夜、この伝説的なベルギー人ファッションデザイナーは、自身最後のランウェイショーを前に会場を奔走していた。ファッションの殿堂入りを果たした彼の引退を見送るためにはるばる集まった友人やファンたちと、彼は抱き合い、キスを交わしていた。メンズウェア界ではあまり例のない出来事である。 ヴァン・ノッテンが自身の名を冠したブランドから身を引くと発表したのは、今年3月のことだった。38年のキャリアにおける129回目のショーで150回目のコレクションが、彼のグランドフィナーレとなった。ドリス ヴァン ノッテンの作品には祝賀ムードがつきものだが、この日は服がランウェイを歩く前からすでにパーティーが始まっていた。それでも、ラ・クールヌーヴの閉鎖された工場での光景はエモーショナルだった。ヴァン・ノッテンがさらに数人の人々と挨拶を交わそうと私のもとを去ったとき、彼が涙を堪えているのがわかった。 「私にとって、彼の作品は詩であり、もちろん美であり、完璧そのものです」と、Y/プロジェクトとディーゼルを手がけるデザイナー、グレン・マーティンスは話した。ヴァン・ノッテンは今後もアドバイザーとして自身のブランドに関わり続けるが、ひとつの時代が幕を閉じようとしているという感慨を抱かずにはいられない。「ヴァン・ノッテンの完璧さ、美しさ、卓越性に匹敵するブランドやデザイナーはいないと思います。ぽっかりと空白が生まれると思いませんか? 寂しくなりますね」と、マーティンスは続けた。 ヴァン・ノッテンの弟子で、2014年から18年までドリス ヴァン ノッテンのウィメンズウェアを統括したデザイナーのメリル・ロッゲは、「まったく、今日はファッションにとって悲しい日です」と付け加えた。「インディペンデントでここまで成功したブランドは多くありませんから。しかしその一方で、彼がようやく少しリラックスできて、夫や愛犬や家族と時間を過ごせるようになったことを、とてもうれしく思っています」 ■一から築き上げた独立ビジネス 実際、ヴァン・ノッテンはファッション界では非常に稀有な存在だ。かの「アントワープの6人」のひとりであるヴァン・ノッテンは、カスタマーの日常生活に深みを与える高品質の服を作り続けることにキャリアを捧げ、一から独立したビジネスを築き上げた。彼の名が特に大きくクローズアップされたのがメンズウェアの分野だ。彼は数世代にわたる男性たちに品位を感じさせる着こなし方を教え、あらゆるトレンドの栄枯盛衰に逆らう色、柄、質感で彼らを虜にした。 「私はこの決まり文句が嫌いですが、彼は常に自分の流儀を貫いてきました」と、メトロポリタン美術館コスチューム・インスティチュートのアンドリュー・ボルトン学芸部長は言う。「ファッションのトレンド、そしてファッションのシステムそのものから常に少しはみ出していた彼は、一貫した個性を持っていました。そしてそれが、カスタマーとの深く親密な関係性を生み出していたのです」 当然のことながら、800人を超える出席者たちは皆、ドリス ヴァン ノッテンが手がけたお気に入りのアイテムに身を固めていた。シャンパンとカナッペを楽しみながら、彼らは部屋の中央にある4面のスクリーンに映し出された、ヴァン・ノッテンのキャリアにおける重要な瞬間をコラージュした映像に見入った。 私は、NBAのラッセル・ウェストブルックがプロジェクションを見上げているのを見つけた。ウェストブルックがここにいたのは、彼がファッション界に飛び込もうとしていた頃、初めて参加したパリ・ファッションウィークのショーがドリス ヴァン ノッテンだったからだという。 「ここにいられて光栄です」と言う彼は、そのシーズンを決定づけたヴェルナー・パントンとのコラボをフィーチャーした、2019年春夏メンズコレクションの画像を指差した。「私はこのパンツとこのジャケットを持っています。あのとき以来、彼がやることには常にインスパイアされてきました」 ■後継者デザイナーは誰なのか マーティンスとロッゲのほかに、その場には10人以上のデザイナーがいた。私が見つけただけでも、ウォルター・ヴァン・ベイレンドンク、アン・ドゥムルメステール、ピエールパオロ・ピッチョーリ、ハイダー・アッカーマン、トム・ブラウン、ヴェロニク・ニシャニアン、クリス・ヴァン・アッシュ、そしてダイアン・フォン・ファステンバーグがそこにいた。「決断するのは自分自身です」と、フォン・ファステンバーグは同郷のデザイナーの潔い幕引きについて語った。「彼もとても幸せそうです」 マルタン・マルジェラがアントワープから駆けつけたという噂も耳にした。招待リストに彼の名前は載っていないと聞かされても、かのアイコンの姿を求めてあちこち見渡してしまうのはやめられなかった。 ヴァン・ノッテンはデザイナーが敬愛するデザイナーであり、その影響力の及ぶところはベルギーの緊密なファッションシーンに留まらない。「コレクション制作へのアプローチや、自分に正直になって自分だけの物語を語るという点において、私たちは皆ドリスからの影響を受けています」と、トム・ブラウンは言う。ドリス ヴァン ノッテンのショーに参加するのは「最初で最後」だと言う彼は、「彼のキャリアを讃えるために来ました」と語った。 マルジェラはさておき、重要な問題はドリス・ヴァン・ノッテンの後継者となるデザイナーがこの会場にいたかどうかだった。引退声明のなかで、ヴァン・ノッテンは「新しい世代の才能がブランドにビジョンをもたらすために退くべき時」だと述べていた。私はロッゲに、次は彼女ではないかという憶測が高まっていることについて、何かコメントはないか尋ねてみた。「とんでもない!」と、彼女は笑いながら言った。「でも、聞いてくれてありがとう」 「あなたじゃないんですか?」と、言葉を挟んだのはマーティンスだった。「あなただとまだ言えないだけでしょう?」 「何も言えません!」と、ロッゲは言う。 「今夜発表されるんですか、されないんですか?」マーティンスはそうからかうと、「もちろん、メリルであってほしいですよ」と付け加えた。 ロッゲ自身は、「メゾンのことを気にかけてくれて、大事にしてくれそうな人が選ばれることを期待しています」と話した。 ■ドリス・ヴァン・ノッテンの最終章 午後10時頃、工場内に長い低音が数回響き渡り、席に着くべき時間であることがわかった。息をのむほど長いランウェイは、落ち葉のような無数の薄い銀箔で覆われていた。照明が落ちると、ゲストたちはお互いの肩に腕を回した。こうして、このファッションウィークで唯一、誰も終わらせたくないファッションショーが始まった。 銀箔の葉を足で蹴散らしながらランウェイを歩いた面々のなかには、友人の最後のコレクションを纏いに来た数十年来のモデルたちもいた。最初に登場したのはネイビーのロングコートを着たモデル。独特の厳粛な雰囲気で歩いていた彼は、1991年に行われたヴァン・ノッテンのデビューランウェイでもオープニングを飾った人物だ。 ちらちらと観客のほうを気にしていた白髪の男性モデルもいた。彼にとって久々のランウェイだというのが、その慣れない様子からも明らかだった。涙を堪えているモデルもひとりではなかった。キャスティング・ディレクターのピエールジョルジョ・デル・モーロによると、彼とヴァン・ノッテンは引退して久しい顔ぶれの多くをInstagramで見つけ出し、出演の打診には全員が「イエス」と答えたという。 「時間……最も複雑な表現のひとつ、記憶が顕在化したもの」。会場で流れていたナレーションは、ヴァン・ノッテンがたびたび自身のヒーローだと表明してきたデヴィッド・ボウイによるものだ。ラストコレクションの制作にあたり、ヴァン・ノッテンが終わりとは何を意味するのかを反芻していたのは明らかだった。 しかし、彼はそれを今までのヒットを網羅した回顧的なコレクションにはしたくなかった。代わりにヴァン・ノッテンは前進を選び、今日と明日をエレガントに装う方法について新しいアイデアを提案したいと考えた──これまで、149のコレクションでそうしてきたように。 ヴァン・ノッテンは、長きにわたって彼の作品を静かな愉しみに満ちたものにしてきたテクニックを駆使してそれを実現した。着る人の体に逆らうことなく、寄り添ってくれる軽やかなテーラリングで。透き通るようなオーガンザのトップスやパンツをフォーマルなウール素材に重ね合わせるなど、独創的なレイヤリングで。ゴールドやシルバーの細い糸でアウターウェアにあしらわれた、繊細な刺繍で。シワ加工を施したパープルのポリアミド、光沢のあるスネークスキンパターンのレザー、シャギーな蛍光色のウール、リュクスなベルベット、セミシアーのリサイクルポリエステルなど、型破りにぶつかり合うテクスチャーの妙で。そして、日本の伝統的な墨流しの技法でボタンシャツやパンツ、トレンチコートに施された大きなフローラルパターンで。 長年のキャリアに、彼はどのように幕を下ろしたのだろうか? ボウイの「Sound and Vision」が会場をエモーショナルに盛り上げると、キラキラと輝くゴールドのパンツとショートパンツ、トップス、そしてジャケットが登場した。水銀のように流麗なファブリックだ。クロージングルックはふわりと揺れるコート、ゴールドのパンツ、そして控えめなストラップサンダル。ドリス・ヴァン・ノッテン流の詩である。 モデルたちを含め、800人の観客が総立ちで歓声と拍手(そして何人かは涙)を送るなか、高ぶる感情でいっぱいのヴァン・ノッテンがお辞儀のために登場し、彼らしく両手を挙げて喝采に応えた。 しかし、ショーマンシップに溢れた彼はもうひとつのフィナーレを用意していた。去り際の彼がもう一度手を挙げると、その合図でカーテンが開き、巨大なミラーボールが出現したのである。ショーが進行している裏で、クルーがミラーボールを用意し、バーテンダーが大量のベルギービールを注ぎ、2ManyDJsが引退パーティーのために究極のプレイリストを準備していたのだ。誰もが気を取り直して、バーに向かって流れていった。メッセージは明らかだった。ドリスは我々に、泣くよりも踊ってほしかったのだ。 From GQ.COM by Samuel Hine Translated and Adapted by Yuzuru Todayama