父親の行為が「グルーミング」による支配だと大人になって知った。「お前のため」と囁くトゲは心に深く突き刺さり、やがて膿む
◆転げ回るたび、深く突き刺さるトゲ 小川洋子氏の短編集『完璧な病室』に収録された『冷めない紅茶』は、人の生死に奥深く向き合う物語だった。“命”そのものの匂い、命が消える時の音。そういったものが、たしかな手触りとして感じられる作品である。 私自身の体験と作品のストーリーは、一切重ならない。だが、本書に綴られた言葉たちが、私の目を覚ましてくれた。それは優しい目覚めではなく、言ってみれば横っ面を張られたような感覚に近い。だが、それくらいの衝撃がなければ、Sにかけられた洗脳を解くのは難しかったように思う。 物語には、かつて学校の図書室に勤めていた女性が登場する。その女性が、主人公との会話の中で、「ライオンゴロシ」という植物について詳しく解説する場面がある。 “尖ったとげがライオンの足にでも刺さると、歩くたびにとげが肉に食い込んで痛さが増してくるの。それでライオンはその果実を口ではずそうとするんだけど、今度はとげが唇に刺さってしまい、物を食べるたびに更に深く深く食い込んでくるの。”
◆膿は、気づけば全身に回っていた ライオンは最終的に、食い込んだ傷が膿んで何も食べられなくなり、餓死するのだと女性は言った。さらに、女性はこう続けた。 “ライオンは食い込むとげの痛さに、膝が砕けるまで飛び跳ねるんだけど、飛び跳ねるたびにとげの根元から種子が一つずつ飛び出す仕組みになっているの。ライオンが苦しみもがけばもがくほど、この植物は遠くに種子を飛ばして、繁栄していくのよ。” 父やSは、人間ではなく「ライオンゴロシ」なのだと思った。そして私は、転げ回るライオンの如く、自らとげを深く深く突き刺しているに過ぎないのだ、と。とげを引き抜くことが不可能なら、患部を切り落とすしかない。 でも、私の患部は“記憶”だった。自らの意志では切り落とせない、書き換えもできない。厄介な患部で膨らんだ膿は、気づけば全身に回っていた。