誰かの背中をポンと押せる物語をーー小さな田舎町の主婦が、「物書き」になるまで
理容師からフリーター、OLを経て主婦。『52ヘルツのクジラたち』で2021年本屋大賞を受賞した町田そのこ(41)は、ふるさとの田舎町で子育てをしながら執筆を続ける。彼女が描くのは、虐待や偏見に傷つきながらも懸命に生きようとする人たちのストーリー。町田そのことはどんな人物か、何が彼女を作家に導いたのか。新進作家の素顔を追った。(取材・文:山野井春絵/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
きっかけは、身近に起こった捨て子事件
「これまでずっと気にしてきた問題を、『その後幸せに暮らしましたとさ』のような曖昧な結末にはしたくない。自分なりに、苦しんでいる人たちを現実的に救う手法を、一つでも見つけたいという思いで書きました。私が本に助けられてきたように、読み終わった後、『ああ、明日も頑張ろう』とか、『もう一歩進んでみよう』と思えるような、誰かの背中をポンと押せる物語を書きたいんです」 親が、わが子に手をかける。恋人が、同居する子どもを傷つける……毎年、痛ましい虐待事件は後を絶たない。町田が作品の中で「虐待」を描くのには、理由がある。自宅から十数キロのところにあるゴミ捨て場に、赤ちゃんが捨てられるという事件があったのだ。 「私が産んだ子どもと誕生日がほとんど変わらない子どもが、ドラム缶に捨てられていたんです。そのとき私の腕の中には、生きた赤ちゃんがいて。同じ頃に生まれたその子は、無残にも死んでしまったのだと思うと、やりきれない気持ちになりました。それ以来、特に子どもへの虐待事件というものが、ものすごくリアルに感じられるようになりました。夕飯を作りながらとか、テレビでそういうニュースを目にすると、つい手を止め、じっと見てしまって。どういう背景があったんだろう。あの子はなぜ保護されないまま亡くなったのか、どんな気持ちだっただろうとか……こうかな、ああかな、とシミュレーションしてしまうんです。そういう思いがずっと自分の中で積み重なっていて、モヤモヤしているくらいなら、書いてみよう、と」