免許を取ってわかる、自転車の危険な走り方|長山先生の「危険予知」よもやま話 第29回
国際信号条約加盟を理由に、警察庁から「ノー」の回答
長山先生:それが、警察庁の結論は「ノー」でした。青点滅に対して高い評価が得られた報告書に対して、二つの理由でなぜ青点滅信号を道路交通法に採用できないかの回答書を提示してきました。一つは国際信号条約加盟国になれない点、今一つは東京都警視庁鮫洲運転免許試験場での運転者に対しての意識調査の否定的結果からでした。 編集部:ドライバーへの意識調査では否定的な意見が多かったのですか? 意外ですね。 長山先生:東京のみで実施したからだと思います。東京のドライバーは青点滅信号を経験したことがないので、突然、青点滅信号に対して可否を問われても、否定的な回答が多く出ることは当然だと思いますね。それをもとにしての反論には納得できませんでしたが、国際信号条約への加盟と言われると、大阪府警も従わざるを得ませんでした。 編集部:そもそも、国際信号条約とは何ですか? 長山先生:1965年当時は「国際信号条約」と言われていましたが、いまでは「道路標識及び信号に関するウィーン条約」と呼ばれるもので、この条約は1968年10月7日から11月8日に開催された国際連合経済社会理事会の国際会議にて合意されました。 編集部:各国で運用している標識や信号を、国際的に統一する目的で作られたものでしょうか? 長山先生: 簡単に言うとそうですね。国際条約に加盟するという理由があれば、青点滅信号の採用は残念ながらやむを得ないとあきらめていた私ですが、あとで国際信号条約に加盟しているはずのオーストリアにも青点滅信号があるのを発見しました。
オーストリアで青点滅信号を発見!
編集部:それはおかしいですね。大阪府警の採用拒否の根拠に反しますから。いつ見つけたのですか? 長山先生:1970年に訪れたヨーロッパ訪問で、オーストリア、ウィーンのオーストリア交通安全センターを訪れたときです。ウィーン市内で西日本にあった青点滅信号と全く同じ信号方式を発見しました。日本の青点滅は、回数や点滅の速さが各信号でばらばらでしたが、ウィーンのそれは点滅の回数と点滅の速さが見事に一定で、さすがドイツ語を話す国の人間のシステムはしっかりしたものだと感心したものです。ちなみに、点滅は1秒ごと、回数は3回で、NHKの時報と同じでした。センターの心理学者ヘフナー博士と話し合ったところ、彼はその回数が3回で良いか、4回が良いかの検討を行っているところだと言っておりました。 編集部:日本よりずっと進んでいる印象ですね。でも、オーストリアでも採用されるほど青点滅信号にメリットがあることが明らかなのに、日本では採用されず残念でしたね。 長山先生:そのとおりで、調査でもメリットが大きいことがわかったので、それが日本の信号に反映できず、悔しい思いをしました。ただ、青から黄になった途端に「止まれ」となるのは運転者にとって走りづらいのも確かだったので、その後、信号が変わるサイクルや黄色信号の意味が変更されました。 編集部:「黄色に変わっても、停止位置に近づいていて安全に停止できない場合はそのまま進むことができる」というルールですね。 長山先生:そうです。また、「全赤(ぜんあか)」という、全方向の信号がすべて赤になる時間が設けられました。全赤とは、青→黄→全方向赤→赤の信号サイクルです(図参照)。全方向赤が取り入れられると、たとえ運転者が黄信号で止まれず交差点に進入してしまっても、横方向(交差側)の信号も赤なので、すぐ横方向のクルマが進入してくる危険性がなくなります。 編集部:私はこの業界に入って初めて「全赤」という言葉を知りましたが、信号の変わり目で発生しがちな出会い頭事故を避けるのに、とても有効なものだと感心したものです。 長山先生:そうですね。いったんすべての信号を赤にして交差点内をクリアにするというシステムは、出会い頭事故などを減少できる安全な信号システムと言えますね。青点滅は認められませんでしたが、その代わりに全赤制度が採用され、今日に至っています。ただ、これらの変更によって運転者は黄信号で止まる意識が希薄になり、赤信号でも進行するクルマが時に見られるようになりました。赤信号では絶対に進んではいけないとの観念も薄くなったように思いますね。 『JAF Mate』誌 2017年7月号掲載の「危険予知」を基にした「よもやま話」です。
大阪大学名誉教授 【長山泰久】 1960年大阪大学大学院文学研究科博士課程修了後、旧西ドイツ・ハイデルブルグ大学に留学。追手門学院大学、大阪大学人間科学部教授を歴任。専門は交通心理学。1991年4月から2022年7月まで、『JAF Mate』誌およびJAF Mate Online(ジャフメイトオンライン)の危険予知コーナーの監修を務める。2022年8月逝去(享年90歳)。
話・長山泰久(大阪大学名誉教授)