観光交通のあるべき姿とは? 地域を変える「グリーンスローモビリティ」を考察するために「観光交通」の考え方を整理した【コラム】
はじめまして。東京大学公共政策大学院で、観光交通を研究している三重野真代です。 本コラムでは、今、観光産業で起きている課題や取り組むべきテーマを解説していきます。 さて、みなさんは「グリスロ」という言葉を聞いたことはありますか? 「グリーンスローモビリティ」の略で、あるべき観光交通の形を満たすモビリティの1つとして、近年、注目されています。観光交通とはどうあるべきか、なぜグリスロを導入する地域が増えているのか、どういう場面でグリスロが観光交通として優れているのかについて、解説していきます。今回は、まず、その導入として観光交通の概念について、2つの軸から整理します。
グリスロとは何か?
私は、観光交通は地域のため、観光客のため、事業者のための三方良しに資する仕掛けであるべきだと考えています。多くの事業者に観光客を送客して観光消費額を向上させるとともに、観光客には地元の人と触れ合い、思い出に残る時間体験を提供する存在です。また、観光客の宿泊施設外での滞在時間を延ばす疲労回復装置であり、さまざまな地域情報や地域への理解を観光客に伝える場所でもあります。加えて、持続可能性としての環境配慮や多様性と包摂性なども外せない視点です。 具体的にグリスロとは、「時速20キロ未満で公道を走る、4人乗り以上の電動車を活用した小さな移動サービス」のことを指します。では、どういう場面でグリスロが観光交通として優れているのでしょうか。その前段階として観光交通が「地域へのアクセス交通」なのか「地域内の回遊交通」なのか。「派生的需要」なのか「本源的需要」なのか、という2つの軸から考察していきます。
アクセス交通と回遊交通の違い
まず、1つ目の軸である、「地域へのアクセス」と「地域内の回遊交通」の違いについて考えていきましょう。前者の「地域へのアクセス」は、すなわち、自宅から目的地となる観光地域へのアクセスに係る部分の交通です。 かつて、日本の観光交通は、自家用車での来訪や観光バスによる団体客が主流だったため、アクセス交通は、高速道路の整備や鉄道駅の誘致などが主流でした。観光客が引き起こす問題についても、オーバーツーリズムという言葉が生まれる以前は観光公害と呼ばれ、自家用車や観光バスが引き起こす交通渋滞や駐車場確保が問題視されていました。個人のインバウンド客が急増して以降は、自動車アクセスの整備よりも、公共交通の2次交通整備や多言語情報提供への対応が求められるようになっています。 一方、「地域内の回遊交通」である、デスティネーションへの到着後の交通も重要です。観光客の地域内目的地が1カ所しかない時代もありましたが、今では地域内にさまざまな観光資源や体験スポットが開発され、観光客に1つでも多く訪問してもらい、消費行動につながる移動環境の構築が求められています。この地域内の複数のスポットを回る交通を、今回は「回遊交通」と呼ぶことにします。 アクセス交通と回遊交通、どちらも住民との共生という論点があります。ただ、アクセス交通は、住民向けと観光客向けを完全に分けた交通サービスの提供は難しい状況ですが、回遊交通は、観光客専用の移動環境を整え、住民の生活交通と物理的に分けることも可能な点が違いです。