プロでは通用せず…。消えた高校サッカーの元スーパースター(8)東北の“英雄”になるも…。Jリーグ名門で全然使われず
第103回全国高等学校サッカー選手権大会が開催されている。過去の大会では多くのスターが誕生した。その後、プロとして華々しいキャリアを積む選手がいた一方で、パッとしなかった選手もいる。今回は、選手権でインパクトを残しながらも、プロとして期待されたほどの活躍ができなかった選手をピックアップして紹介する。
MF:林勇介(はやし・ゆうすけ) 生年月日:1990年1月23日 出身高校:盛岡商業高等学校 主な在籍クラブ:浦和レッズ、ザスパ群馬、グルージャ盛岡 林勇介は、盛岡商業高等学校で1年生からレギュラーとして活躍し、岩手県勢初の全国高校サッカー選手権大会優勝に貢献したMFだ。 盛岡商業は、2006年度の選手権で決勝に進出。当時2年生の林は、1点ビハインドで迎えた後半にPKキッカーを任されたが、これを失敗してしまった。しかし、71分に同点弾を決めてチームを救うと、その後盛岡商業は逆転に成功し、悲願の初優勝を果たした。林は大会優秀選手にも選ばれ、チームの英雄となった。 高校卒業後は浦和レッズに加入し、プロキャリアをスタート。しかし、1年目は公式戦でベンチ入りできず、2年目の2009年5月、大宮アルディージャ戦で途中出場しJリーグデビューを果たすも、定位置を掴むには至らなかった。 2011年にはザスパ草津(現・ザスパクサツ群馬)に移籍し、プレーの場を求めて奮闘。2013年からは故郷である岩手のグルージャ盛岡に加入。当時東北1部リーグだったクラブで活躍し、JFL昇格に貢献した。 2017年の天皇杯2回戦では、古巣の浦和レッズと対戦。試合には敗れたものの、「恩返し弾」を決めて強い印象を残した。この年のシーズン終了後に現役引退を表明したが、その後も東北1部リーグでプレーを続けた。 高卒ルーキーの出場機会の少なさと育成の難しさはたびたび議論になるが、林もその壁を越えられなかった選手と言えるかもしれない。
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