『資産運用立国実現プラン』は岸田政権が残した成果:金融所得課税強化は慎重な議論を
金融資産所得課税改正の議論
自民党総裁選に向けた政策議論の中で、岸田政権が事実上棚上げした金融資産所得課税の見直し議論が再浮上している。 年収が1億円程度を超えると、所得への平均税率が低下するというのは、税制の所得再配分の機能が十分に働いていないことを示すものであり、確かに看過はできない。 しかしながら、金融資産所得課税の税率の引き上げは、新NISAの創設を柱とする「貯蓄から投資」への政策と矛盾してしまう面があるだろう。また、新NISAの生涯総投資枠は1,800万円と著しく高額ではない。それを超える部分の投資の利子、配当、売買益に課税される税率が高まると、必ずしも豊かではない多くの世帯の金融所得にも打撃を与えてしまうのではないか。退職世帯のように勤労所得を得ていない一方、金融資産投資から得られる収入に生計を依存する世帯の金融所得への課税が強化されれば、所得格差はむしろ拡大してしまう。 「1億円の壁」の根底にあるのは、所得格差ではなく、資産格差の問題である。金融所得収入の多寡は、金融資産の額に大きく左右される。「1億円の壁」の問題を考える際には、所得格差のみならず、資産格差も考慮する必要があるだろう。 そのため、金融資産所得課税の税率を引き上げても、あるいは、所得水準に応じて税率を変える、金融所得の累進課税制度を導入しても、問題は解決しないのである。 所得だけでなく資産についても、社会的に許容できる水準まで格差を縮小させるための税制を、税収基盤強化も視野に入れて、将来的には考えていく必要があるのではないか。「1億円の壁」の問題を解決するには、所得と資産の双方を勘案した税制の導入を考えていくべきだろう。しかし現状では、資産の正確な把握は困難であることから、その実現は早期には難しい。 「1億円の壁」の問題には、拙速に金融資産所得課税の強化で対応するのではなく、個人金融資産の把握を前提とした将来的な資産課税の導入などで対応することを、時間をかけて慎重に検討していくべきではないか。 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英