「仕事帰りのスーツ着た男が、トイレットペーパーなんて、買えるかっ!」と言った夫が定年を迎えた。家事を手伝ってくれるようになり、言われたことは…
◆陽子さんの怒りは、かなり長いこと続いたけど… この陽子さんの思いは。かなり長いこと、思い出すだに頭にくるっていう形で、続いた。だが。 正彦さんが嘱託になり、ある程度家事を手伝ってくれるようになったある日、正彦さんの方からこう言って貰えたので、解消された。 「……あー、陽子。だいぶん前だけど、俺、みっともなくてトイレットペーパー、買って帰れないって言ったこと、あった、だろ?」 あ。陽子さんはもう忘れようがなく、死ぬまでこれを覚えていようって思っていたんだけれど……正彦さんの方も、こんなこと、覚えていてくれたのか。 「……あれは……申し訳、なかった」 おやまあ。 「長時間、家にいるようになって判った。トイレットペーパーは、絶対に必要だ」 そうだよ。 「あれを買って帰ることをみっともないって思っちまったのは、俺の不見識だった。あの言葉は、悪かった」 「ん」 ここで、陽子さん、にっこり。 こういうことを言ってくれるから、陽子さんは、正彦さんのことが好きなのだ。
◆『定年物語』執筆に際して 基本的に、『結婚物語』から始まって、『新婚物語』、『銀婚式物語』、『ダイエット物語……ただし猫』って……えーと……ほぼ、実話です。 どうしよう。実話なんだよ、ほぼ、これ。よりにもよって、旦那の健康保険がきれた翌日、旦那が“死にそうになる”とか、全部実話なんだから……どうしよう。本文中にも書いておりますが、「どう考えてもこれは悪い意味で“作りすぎ”」としか思えないエピソードが実話だったら……もう、作者としてはどうしていいのか判りません。 ……まるでお話の申し子のような夫を持ってしまった自分を、お話作りとしては「お話の神様、どうもありがとうございます」って容認するしかないのか? それにしても、うちの旦那って、どっか変ではないのか? う、う、うーん。 (ただ。一応、“ほぼ”実話、ですからね。“ほぼ”。“ほぼ”がついてます、“ほぼ”。“ほぼ”、だからね、“ほぼ”。……って、これは主張すればする程、なんかほぼの効果が薄くなってゆくような気がしないでもない……。) まあ、ただ。 コロナが酷くなった段階で、旦那が会社を辞めてくれて、私としては本当に嬉しかったです。いや、コロナがどんなに酷くなっても会社を辞められない、そんなひとにしてみたら、こんな贅沢で我が儘な話はないとは思うのですが、年とってすでにめんどくさい病気を複数抱えている、伴侶である私も含めて、あわせて月に何回も病院に通っている、そんな旦那が、“通勤しなくてよくなった”ことにほっとする、この気持ちは判っていただけると嬉しいです。