「自分で考える子ども」育ててきた創立20年の東京コミュニティスクール、フリースクールの本当の意味
初代校長・市川力氏との出会い
TCSの初代校長を務めたのは市川力氏である。その出会いも偶然だった。TCSが開校する2カ月前の6月のことで、久保氏が当時は小学年生だった息子と参加した山梨での田んぼ体験でのことだった。そこに、市川氏もたまたま参加していたのだ。 市川氏は教員ではなかったが、学習塾経営の経験があるなど教育へのかかわりは深い人物である。ただし、会った当時、そんな市川さんについての知識は、久保氏には皆無だった。 「そのときは、私の息子も一緒でした。もともと喋る子だった息子が、小学校に入ると無口になっていました。その息子が、市川に懐いて、楽しそうに堰を切ったように喋っている。市川という人は、こんなにいきいき子ども喋らせる人なのだと興味がわいた」 そこで久保氏は、開校目前のTCSの構想を市川氏に話した。しかし市川氏の反応は、「そうですか。がんばってください」と社交辞令的なものでしかなかった。 山梨から戻ってきた久保氏は市川氏の著書を読み、「実践をやってきただけでなく理論もしっかりしている」と確信する。そこで、「アドバイザーとして関わってほしい。校舎も決まったので見にきませんか」という手紙を書いた。それに応じて、市川氏は東高円寺の校舎にやってきて、そのまま校長就任も引き受けることになる。 かといって、TCSの教育内容を久保氏が市川氏に丸投げしたわけではない。TCSの授業の柱ともいえる存在が「探究テーマ」だが、「教科という切り口ではなく、私たちの人生そのものを探究する学びです。現地に赴く。人と出会う。手足を動かす。本物に触れる。徹底的にやり遂げる」と、学校案内には説明されている。 そうした中から、「学ぶことの意味を感じ、学ぶことの楽しさを満喫」することを目指している。それを子どもたちが身に付けつつあるのは、冒頭に紹介した夏休み中の研究成果にもよく表れている。 この探究テーマのカリキュラムをつくるのに当たって、久保氏と市川氏は侃々諤々の議論を闘わせた。探究テーマだけでなく、TCSのすべてのカリキュラムの基本が、2人の激論の中から生まれてきたものだ。2人の論争はあまりにも激しかったため、スタッフには2人の仲は悪いと思われているそうだ。それほど2人は真剣にTCSでの学びを思考し、つくりあげてきた。 とはいえ、2人がつくった学びの型を、現在の教員スタッフに押しつけているわけではない。久保氏は、「ある程度の型のようなものはありますが、やることの7割以上はスタッフ全員のディスカッションで決めていきます」という。子どもたちの成長は型にはまったものではないし、個々でも違う。だからTCSもスタッフも、それに対応していくために、新たな学びのかたちを生みだしていく必要がある。久保氏や市川氏に劣らない情熱をもって、TCSのスタッフも取り組んでいる。TCSでは、子どもたちもスタッフも日々学び、成長していることになる。 久保氏は現在、2校目の開校を計画している。第2のTCS、または分校のようなものをつくろうというのではない。久保氏は言った。 「TCSの考え方・やり方に、すべての子どもたちが合うわけではありません。TCSに合わない子たちでも学べる場をつくれたらいいなと考えています」 TCSには、いわゆる不登校だった子もいる。いろいろな理由で、既存の学校に合わなかった子もいる。既存の学校も含めて、いろいろな子に合う、いろいろな学びの場があれば、子どもたちの可能性はもっと広がるはずだ。 (写真:すべてTCS提供)
執筆:フリージャーナリスト 前屋毅・東洋経済education × ICT編集部