認知症が疑われた80代女性の耳には、耳垢がごっそり詰まっていた…認知症診断には身体の診察が欠かせない理由【山田悠史医師】
多くの場合PET検査は不要
では、PET検査は何のためにあるのでしょう。もちろん、何も意味がないのにやられているというわけではありません。 認知症の原因として最も多い、アルツハイマー型認知症では、脳内にアミロイドβやタウという異常なタンパク質が蓄積しますが、PET検査はこれらの物質を可視化できるため、詳しい脳内の状態を知ることができるのです。しかし、これらのタンパク質が存在しても必ずしも認知症を発症するわけではなく、特に高齢者では、アミロイドβが蓄積していても認知症を発症しない方が多くいることが知られています(参考文献4)。 このため、症状なくPET検査を受けてアミロイドβが見つかった場合には、「将来認知症になるかもしれない」という不安を一生抱えながら過ごすことになるかもしれません。多くの人は、認知症にならないにも関わらず。このように、不要な検査には「本来存在しないはずの病気を(心の中に)作り上げる」という弊害があります。
一方、これらのタンパク質がPET検査で見つからない場合には、アルツハイマー型認知症である可能性は低いと言えますが、他の原因による認知症になる可能性は否定できません(参考文献5)。なので、結局認知症ではないとも将来認知症にはならないとも言えません。つまり、PET検査だけで認知症の診断を確定することは難しいのです。 また、PET検査は、特殊な設備が必要で費用が高く、放射線への被曝もあり、時間もかかるので患者さんへの負担は大きくなる点も見過ごすことはできません。最近では、血液検査でアルツハイマー病の兆候を捉える研究も進んでおり、将来的にはより手軽な方法で診断が可能になると期待されています。ただ、それらの検査も認知症かどうかを知らせてくれるわけではありません。PET検査と同じく、アミロイドβが見つかっても認知症を発症しない方が多くいるのです。 ただし、PET検査のような特殊な検査が必要になる場合もないわけではありません。これは、他の検査では診断が難しい特殊なケースや、新しい治療法の適用を検討する際、研究目的で詳細な情報が必要な場合などです。 あまり問題がないのにPET検査を受けることは、電化製品の修理に例えると分かりやすいかもしれません。電化製品に不具合が生じた時、まずはよくある問題を確認し、簡単なチェックを行うでしょう。それで問題が見つかれば、わざわざすべて分解してパーツを変えるような高額な修理に出す必要はありません。しかし、どうしても原因がわからない場合や、パーツ交換が必要なときには、詳細な調査と高額な修理が必要になることがあります。 認知症を疑ってはじめからPET検査を受けるのは、電化製品の不具合でいきなり高額な修理に出し全部分解してしまうようなものです。それでは、費用も時間も見合わず、結局パーツには何も不具合は見つからず徒労に終わってしまうかもしれません。 これまで考えてきたように、認知症の診断に必要なのは、医師の問診と診察、そしてどこのクリニックでもできる血液検査±1回のCTまたはMRI検査だけです。また、これらはすべて保険診療の範囲で行われるものです。自由診療で行われる特殊な遺伝子検査やPET検査はほとんどの場合必要はありません。もちろん、こうした状況は今後の治療薬の開発や保険適用の変更に伴い変わっていく可能性があります。しかし、現状ではこれだけで十分なのです。
本当に必要な検査
・医師の問診と診察 ・どこでもできるような限られた血液検査 ・症状により頭のCTやMRI検査 (これらはすべて保険診療の範囲内で行われます。) 前回記事「「認知症かも?」と感じた時に、本当に受けるべき診断はこれ! 早めに受けるべき?本人に結果は伝えないほうがいい?【山田悠史医師】」>>
山田 悠史