認知症が疑われた80代女性の耳には、耳垢がごっそり詰まっていた…認知症診断には身体の診察が欠かせない理由【山田悠史医師】
Yさんに改めて伺ってみると、「耳が聞こえないのは歳のせいだと思っていました。繰り返し聞き返すのも悪いので、適当な返事をしていました。」と教えてくれました。その時のYさんの笑顔は、今でも忘れません。 Yさんの認知機能のスコアが低かったのは、認知症が原因ではなく、耳の聞こえが問題だったのです。しかも、耳垢という簡単に修正のできる問題でした。当然、その診断には高額なPET検査も遺伝子検査も必要はありませんでした。Yさんがもし耳の診察を受けず、ただ認知機能検査の結果に従っていたら、認知症という診断が間違って下され、本来必要のない治療薬を飲むことになっていたかもしれないと思うと、ゾッとします。 このように、まず検査に入る前に、丁寧に問診や診察を行って「あたりをつける」プロセスが非常に大切なのです。この問診と診察だけで、診断と原因究明の8~9割は終わっていると言っても過言ではありません。 こうしたプロセスで得た情報に応じて、追加で血液検査や画像検査(例えばMRIやCTスキャン)を行っていきますが(参考文献1)、立ち位置はあくまで補助的なものです。 血液検査については、多くの場合、どこのクリニックでもできるような限定的な項目だけで十分です。具体的には、ビタミンB12の欠乏や甲状腺機能低下症を調べることが勧められています(参考文献2)。これらの不足や異常がある場合、治療によって認知機能が改善する可能性があるからです。 画像検査は、症状が急に現れたり、急速に悪化したりしている場合、または情報収集の結果、脳の画像が役立つと知られる特定の問題が疑われる場合に行います。全ての患者さんに画像検査を行うべきという意見もありますが、ここは議論が分かれるところです。たしかに一部の患者さんでは、画像検査で治療可能な病気(例えば慢性硬膜下血腫や正常圧水頭症、治療可能な腫瘍といった病気)が見つかることもありますが、その頻度は高くありません。このため、専門家によって意見が分かれるところです(参考文献2,3)。 私の日常診療でも、診断の補助に画像検査を行うことは稀ではありません。しかしこの場合に行うのは、どこの病院でもできるようなCT検査やMRI検査であり、PET検査ではありません。ここまでの対応で、診断から原因究明まで、ほとんどの場合は十分なのです。特別な検査は必要がありません。