T.M.Revolution 西川貴教が語る“愛車の履歴書” 運転免許取得の意外なエピソードとは?
愛車を見せてもらえば、その人の人生が見えてくる。気になる人のクルマに隠されたエピソードをたずねるシリーズ第52回。前編では、アーティストの西川貴教さんが免許取得の意外なエピソードなどを語る。 【写真を見る】西川貴教と思い出深いトヨタの名車が華麗に共演!(16枚)
クルマへの興味は“ターボ”のミニカーから
西川貴教さんが運転免許を取得したのは、30歳になってからだったという。 1970年生まれの西川さんが30歳ということは、西暦2000年。1990年代後半にはT.M.Revolution名義で『WHITE BREATH』などのミリオンセラーを連発していたことを思うと、免許取得のタイミングが意外と遅いようにも感じる。 「生まれも育ちも滋賀なので、ひとり1台クルマを持つような環境でした。貴教(たかのり)は本名で、小さい頃は“ター坊”と呼ばれて、じいちゃん、ばあちゃんはそれに引っ掛けて箱に“ターボ”と書いてあるミニカーを買ってくれたんですね(笑)。それでクルマに興味を持つようになって、18歳になったら免許を取ろうと思って高校時代はバイトに励みました。でも本格的に音楽をやるために大阪に行くことを決めて……で、大阪の賃貸物件って保証金が必要だからお金がかかるんですよ。あと洗濯機とか冷蔵庫を買ったら、免許のお金がなくなりました」 こうしたエピソードを披露しながら、西川さんは撮影用に用意された2代目トヨタ「ソアラ」に近づいた。ちなみに西川さんは滋賀トヨタの公式アンバサダーを務めていた経験も持つ。 「懐かしいなぁ……。母方の親戚が自動車の修理工場をやっていて、まだあまり走っていない新型車を見ることができたんですね。高校生の頃、このソアラとか『セリカXX』を見に行った記憶があります。やっぱり、こういうスポーツタイプに憧れたんですね」 ドアを開け、デジタル表示のメーターパネルを凝視しながら、「当時は、“これが未来のクルマなのか”と、感じていました」と、西川さんは振り返る。 「デジパネの表示がいまよりカクカクしているんだけど、未来にむかっている感じ、日本が元気な感じがしていいですね」 ここで簡単にトヨタ・ソアラを紹介したい。 1981年、トヨタはメルセデス・ベンツの「SLC」やBMW「6シリーズ」に対抗するモデルとして、初代ソアラを発表した。西川さんが指摘したデジタルパネルはこの初代モデルから採用されており、日本のエレクトロニクス技術が当時、最先端にあることを表現したものだった。 そして1986年、ソアラは2代目へと移行する。4輪ダブルウィッシュボーンのサスペンションや、一部グレードに用意された電子制御式のエアサスペンションなど、当時のトヨタの技術を結集したモデルで、バブル期の好景気もあって大人気となった。当時の資料をあたると、最高出力230psを発生する3.0リッター直列6気筒ターボエンジンを積む最上級仕様の3000GTリミテッドの価格は、¥4,479,000から¥4,835,000とある。 2代目ソアラは1991年まで生産され、3代目へとバトンタッチした。 「1986年デビューということは、僕が16歳とか17歳のときですね。地元でバンドをやっていた頃ですけど、このクルマを見ていると、その頃の雰囲気を思い出して懐かしい気持ちになります」