代表復帰した33歳・岡崎慎司が背番号「9」剥奪を「ありがたい」と言う理由
「けがをしているなかでロシア大会を戦った後に残ったのは、もう一度4年後のワールドカップへ、という強い気持ちだった。万全の状態で臨んでいたら、もしかしたら何も残らなかったかもしれない。ある意味で自分には達成感がなかったので、4年分のモチベーションを与えられた感じです」 後半アディショナルタイムに喫した失点で涙した、ベルギー代表との決勝トーナメント1回戦で出番がなかったことも、悔しさを募らせる一因になったはずだ。同じ1986年生まれの盟友、本田圭佑が実質的な代表引退を示唆した一方で、岡崎は夢の続きを追い求める決意を固めた。 そして、約11ヵ月もの歳月を超えて復帰した6月シリーズ。日本サッカー協会が岡崎に用意した背番号は、約9年間にわたって象徴としてきた「9」ではなく「18」だった。キリンチャレンジカップではMF南野拓実(ザルツブルク)が、コパ・アメリカではFW前田大然(松本山雅FC)が「9」を託されたことにも、岡崎は「非常にありがたい」と逆に声を弾ませる。 「自分としては、日本代表の『9番』には特別な思いを抱いてきた。なので、そう簡単に自分のところに戻ってくるようなものであったらいけないと思っていた」 ダイビングヘッドを身上としていた兵庫・滝川第二高時代。日本代表で「9番」を背負っていた中山雅史のダイビングヘッドとハッスルプレーに勇気をもらった。日本代表における「9番」の系譜に自らの名前を刻んだときには、岡崎は「受け継ぐものがある」と覚悟と決意を語っている。 「クロスに頭から飛び込んだ後になって、いまのプレーは危なかったと思うことはあっても、飛び込む瞬間に恐怖を感じたことはない。ちょっとでも躊躇したら、そっちの方が危ない。こちらが身を投げ出していけば、相手の方が怯んで引いてしまうものなんです」 身長174cm、体重70kgと決して大きくはない体で、釜本邦茂、三浦知良に次ぐ歴代3位の国際Aマッチ通算50ゴールに到達した。秘訣は屈強なディフェンダーたちが死守する相手ゴール前、そのなかでも先にボールに触れば何かが起こるニアサイドへ、愚直かつ不器用に飛び込むスタイルだった。