大脳「前頭葉」機能が不活発、子どものからだと心がおかしい 本来の意味での「子ども時代」がなくなっている
日本の子どもたちの多くは、「被虐待児」?
――ご著書の中で、「日本の子どもたちのからだと心の“おかしさ”は、虐待を受けている子どもたちと同じ身体症状を呈している」と記されています。 大学院生との授業で、アメリカの精神科医ジュディス・ハーマン氏の著書『心的外傷と回復』(みすず書房、1999)を読む機会がありました。本書の第5章のテーマが「児童虐待」なのですが、「虐待を受けている子どもの多くが警戒的覚醒状態、つまり自律神経が過剰に反応している状態であり、睡眠と覚醒などの周期の乱れを呈し、落ち着いていられず、いわゆる『よい子』であろうと執拗に努力し続けている」と分析しています。 私たちは、これまで、日本の園や学校に通っている、いわば「一般的」な子どもたちを対象にさまざまな研究を行ってきました。にもかかわらず、これまでお話ししてきた子どものからだの“おかしさ”は、ハーマン氏の著書で記されている、虐待を受けている子どもたちと共通する部分が多いのです。つまり、「現代の日本の多くの子どもたちは、虐待を受けている子どもたちと同じ身体症状を呈している」と解釈できるのです。 ――野井先生は、このような状況をどのように受けて止めていらっしゃいますか。 学歴至上主義社会、競争主義社会を生きる日本の子どもたちは、「生まれたときから競争を強いられている」といっても過言ではありません。小学校では「これができないと中学校に行ってから苦労する」と言われ、中学・高校では「受験どうするんだ」とプレッッシャーをかけられ、ようやく大学に入ったと思ったら就職のことを考えなくてはいけない。 ポーランドの小児科医、児童文学作家、教育者、ホロコースト犠牲者であり「子どもの権利条約の父」といわれているヤヌシュ・コルチャック先生は、「子どもには誤りを犯す権利があります」「子どもには失敗する権利があります」と述べています。でも、自己責任論がいまだにはびこる日本は、失敗が許されない風潮が強いままです。 ――「公園でボール遊び禁止」など、子どもたちにやさしくない日本社会の風潮も気になります。 公園には使用禁止のテープが貼られた遊具があり、大声を出して遊べば近隣の住民からどなられます。ゲームやスマートフォンに手を伸ばさざるを得ない事情も見えてきます。 現代の日本の子どもたちは、真の意味での「子ども時代」をなくしてしまっているといっても過言ではありません。 不登校、いじめ、校内暴力、家庭内暴力、いずれも過去最多を記録し、自殺にいたっては、小中高生の自殺者数は近年増加傾向が続き、2022年では514人と、過去最多となっています。日本の子どもたちは、からだや心を犠牲にして、“おかしさ”や、いわゆる“問題行動”を通して「声にならない声」を発信してくれているのです。 ――日本を含む世界196カ国が締約する「国連・子どもの権利委員会」から日本政府への勧告(2019年)において、日本の教育システム、ひいては社会システムに対して非常に厳しい懸念が示されました。日本の教育や社会のシステムがあまりに競争的なため、子どもたちが強いストレスを感じていること、それが子どもたちに発達上のゆがみを与え、子どものからだや精神の健康に悪影響を与えていることなどが指摘され、適切な処置をとるよう勧告されています。状況は改善してきているのでしょうか。 この勧告を受けた後、「子どものからだと心・連絡会議」では、2020年、子どもの権利条約を批准していないアメリカを除くOECD加盟国36カ国と中国が、「国連・子どもの権利委員会」からどのような勧告が出されているのかを分析しました。 その結果、教育制度や子どもの自殺は、日本と韓国特有の課題と解釈することができました。さらに調べてみると、「発達」と「子ども時代」に関わる問題が勧告されているのは日本だけでした。子どもたちの置かれた状況は、世界的に見ても深刻であると解釈しています。 ――日本では2023年4月に「こども家庭庁」ができ、「子どもの権利条約」も徐々に認知され、「こどもまんなか社会」の実現に向け「子どもの声を聞こう」とさまざまな取り組みがスタートしています。 これは大きな前進ですが、現実的には、自ら声を発することができない子どもたちもたくさんいますよね。子どもたちの声を聞くことはもちろん大切ですが、こうした調査データにも関心を持っていたただき、私たち大人一人ひとりが想像力を働かせ、子どものからだと心の“おかしさ”について議論し、子どもたちのSOSに反応する義務があります。「豊かな子ども時代とは何か」について、社会全体で考えていく必要があると思います。