『成瀬は天下を取りにいく』宮島未奈の新作テーマは婚活!影響を受けた「意外な人気芸人」の名前
● 大ヒット作『成瀬は天下を取りにいく』は 楽しいばかりではなかった ――主人公の40歳男性・猪名川健人は在宅ライターです。かつて在宅ライターをされていた宮島さんご自身と、猪名川が重なる部分はありますか? 重なる部分はあります。でも、ケンちゃん(=猪名川健人)が丸ごと私ってわけではないです。 ――宮島さんは在宅ライター時代にマネーの記事を書かれていたそうですね。 はい、それはもうたくさん。楽天のメディアで書いていたんです。 ――作中の猪名川は、自分の書いている記事に対して「こんなものに価値があるのか」と悩むじゃないですか。宮島さんも当時、同じことを感じられていたのでしょうか。 そうですね……。私は、マネーの記事は署名記事で書いていましたけど、署名記事ではない文章もいっぱい書いてきました。マネー以外のジャンルの、名もなき記事というか。 そういうのって、自分が体験していないことも記事にしないといけないんです。そこにやっぱり責任が持てないというか、それは嫌でしたね。この感覚はケンちゃんにつながっているかもしれません。 ――マネーの記事と小説では同じ「書く」といっても違いますか。 全然違いますよ。マネー記事は書くことがある程度決まっているので、割とスラスラ書けます。 小説は、もう、書けないです! 書けないことが普通で、書けない中で何とか書いているという感じ。本当に大変なんです。楽しく書いている時って本当に全然なくて、ずっと苦しみながら書いている。 『成瀬は天下を取りにいく』もそうです。ああいう楽しい小説だと、「さぞ楽しんで書いているだろう」と思われがちですが、やっぱり仕事なので、楽しいばかりではないですね。
● 「あまり描き込み過ぎないように」 読者に考える余地を残したい ――とはいえ、先ほどの話でも、あらゆる資料を参考に想像力を膨らませて書かれるのは、さすがだなと思いました。例えば、婚活パーティーのシーンで女性が「源氏パイ」みたいなイヤリングをしていた、といった描写はどうしたら生まれるのでしょうか。 普段から人間観察はしていますよ。ただ、源氏パイはご当地ネタで入れています。源氏パイって浜松の会社じゃないですか(編集部注:静岡県浜松市にある三立製菓のハート型パイ)。ケンちゃんの思考は「浜松の人」なので、そのイメージから、イヤリングに反映したんです。 その後もイヤリングは出てきます。それまで女性と出会うこともほとんどなかったケンちゃんが、女性を見るようになって、イヤリングに目がいくようになった。最初は全然見ていなかったけど、章が進むうちにイヤリングに目が向いていくんです。 ――そういうことだったんですね! 読み手の想像力も掻き立てられます。そうやって、読者に想像を巡らせてもらいたいと思って、書かれているのですか? 「あまり描き込み過ぎないように」とは思っています。『婚活マエストロ』の最後も、もっと書くことはできたけど、書き過ぎないで終わったというか。あとは読者が考えてくれたらいいなとは思いました。 「つまんないよね」って思うんです、作者が決めちゃうと。それよりも、読者に委ねて、読者に考える余地を残したい。私の中で10説明できるところを、9くらいまでにしようって。 それにしても、作家に憧れてなったわけですけど、いざ作家業を実際にやってみたら大変だなと思います……。
正木伸城/宮島未奈