何があっても大丈夫――人生の大先輩たちが導き、励ましてくれる一冊
大好きな本に導かれて翻訳家に
高校生になるといじめはなくなったが、今度は退屈が襲ってきた。授業がつまらないので、机の下に隠して本を読んだ。ほかの生徒と話すのも楽しかったけれど、下校時に立ち寄る大型書店で新刊を探すほうが楽しかった。厳しくて生徒から嫌われていた国語の教師に褒められたことがきっかけになって、勉強をある程度真面目にするようになったのもこの頃だ。教師に勧められるがまま、多くの作家の作品に出会った。そんな高校生時代はあっという間に終わりを告げ、大学進学のため、京都に引っ越すことになる。引っ越し先の京都では、それまで一度も体験したことがないような孤独に苛まれた。どこにも行き場がなく、アルバイト先と大学の往復だけの毎日で、最終的に辿りついたのは大学図書館だった。そこで海外のゴシップ誌を読み耽るようになり、ゴシップ誌をすべて読んでしまうと次はファッション、インテリア、ペット……いつの間にかアメリカの雑誌や文化に随分詳しくなり、ようやく自分が好きなものに巡り合えたような気持ちになって没頭し、就職活動をすることもすっかり忘れた。大学は卒業できたもののちゃんと就職はできず、好きなアメリカのニュースを追いかけ続け、インターネットにそれを書いていたら編集者の目にとまった。そして、現在に至るというわけだ。人生とは、本当に不思議なものだと思う。
過去の自分が今の私を支えている
私自身は戦後の厳しい時代に生まれたわけでもなく、成長期の社会情勢が極端に複雑だったわけでもない。女性の社会進出にようやく声が上げられた時代に成長し、悔しい思いも人並みに経験している。生まれつき体が弱かったことが原因で失ったものも多かった。決してすべてが順風満帆だった人生ではない。しかし自分の虚弱体質が私に、時間をかけてゆっくり粘り強く取り組めば、必ずゴールに達することを教えてくれた。周囲から遅れてもまったく問題なんてないと教えてくれた。そして、私が顔を上げられずに過ごした十年以上の月日で、下を向けば目の前に必ずいてくれたのが本で、その本は、顔を上げて普通に暮らすことが出来るようになった今も、私の身近にずっといてくれている。私は何も成し遂げることが出来ていないけれど、下を向いていた時期に培った粘り強さで、今は一冊の本を訳す仕事に就いている。恥ずかしいと思っていた過去の自分が、今の自分をしっかりと支えてくれている。 本書は様々な時代を生き抜いた著名な女性たちが人生の転機となった「あの時」を振り返るものだ。多種多様な職業を持った二十七人の女性たちの人生を追ったドキュメントであり、各分野で何かを成し遂げた彼女らの生き方のヒントがたっぷり詰まったインタビュー形式で綴られている。全体的な雰囲気はとても柔らかく、温かい。まるで、彼女たちの横に座り、貴重な話を聞かせていただいているかのような気持ちになる。決して、穏やかな時代を生きた生涯ばかりではない。それでも、彼女たちの言葉には一種の達観のようなものがある。戦前、そして女性の社会進出が厳しかった時代を生き抜いてきた人の言葉の重みに、思わず息を飲む場面もある。誰かに対する深い愛情に接し、このようにして誰かを愛することが出来る人生は素敵に違いないと感動した。彼女たちの経験を通して、私たちが学ぶべきことは多くある。彼女たちの言葉から、たくさんの元気をもらって、上を向いて生きていけるような気がする。 私たちはこうやって先達たちに導かれながら、今まで長い道のりを歩んできて、そしてこれからも歩んでいくに違いない。読んでいて勇気の出る1冊だ。 ◎村井理子(むらい・りこ)翻訳家・エッセイスト。1970年、静岡県生まれ。滋賀県の琵琶湖畔に夫と双子の息子と暮らす。著書に『義父母の介護』『村井さんちの生活』『兄の終い』『全員悪人』『家族』など。訳書に『ゼロからトースターを作ってみた結果』『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』など。 ◎岡野民(おかの・たみ)1973年北海道生まれ。編集者、ライター。2000年よりフリーランス。「Casa BRUTUS」をはじめ、主に雑誌媒体で建築やデザイン、生活文化をテーマにした誌面作りと記事の執筆を行う。継続して取り組んでいる仕事に、2008年から続く「BRUTUS」の特集・居住空間学、「暮しの手帖」での連載「あの時のわたし」など。インタビュー多数。写真家・永禮賢との共著に『The Tokyo Toilet』(2023年、TOTO出版)。
翻訳家、エッセイスト 村井理子