大学時代に自殺未遂、結婚・出産後は夫が自殺、作家になるもガンで余命3年という「今井絵美子」の壮絶な人生と猫(レビュー)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介 今回のテーマは「ペット」です *** 猫好きで知られた大佛次郎は、死の床ではこれまで飼った何匹もの猫たちのことを思い浮かべて安らかに逝きたいと言った。 「立場茶屋おりき」シリーズなど人情味あふれる時代小説で知られる今井絵美子も猫好きだった。一度に何匹も飼うのではなくつねにオンリーワン、そのつど一匹だけを大事にした。 最後の随筆集『いつもおまえが傍にいた』は、それまでに一緒に暮した四匹の猫の思い出を綴っている。 今井さんは昭和二十年広島県の福山の生まれ。作家として活躍してゆくのは五十歳を過ぎてからと遅咲きである。 それまで大変な苦労をしてきている。自身「筆舌に尽くしがたい人生」を歩んできたと書いている。 東京での大学時代、友人との仲のこじれに悩み自殺を図ったことがある。 結婚して子供を得たが、夫は仕事がうまくゆかなくなったことから精神を病み、生活が荒れて自殺。 三十九歳の時、作家になろうと意を決して中学生の息子を連れ、上京。 無論、すぐに作家になれるわけはない。画廊の仕事、テレビの仕事、ときには下町の居酒屋で働いた。 そして五十代に入ってようやく作家として立つのだが順調になったところで癌を病み、余命三年の宣告。 それでも抗癌剤治療を拒否し書き続ける。壮絶。 そんなつらい日々を支えてくれたのが四匹の猫。だから言う。「おまえにどんなに救われたことか」「有難う」。二〇一七年に死去。 [レビュアー]川本三郎(評論家) 1944年、東京生まれ。文学、映画、東京、旅を中心とした評論やエッセイなど幅広い執筆活動で知られる。著書に『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞・桑原武夫学芸賞)、『白秋望景』(伊藤整文学賞)、『小説を、映画を、鉄道が走る』(交通図書賞)、『マイ・バック・ページ』『いまも、君を想う』『今ひとたびの戦後日本映画』など多数。訳書にカポーティ『夜の樹』『叶えられた祈り』などがある。最新作は『物語の向こうに時代が見える』。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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