年金制度の安定性・信頼性を高める改革への期待:「在職老齢年金制度」、「第3号被保険者制度」の見直しで人手不足緩和も
「第3号被保険者制度」が人手不足問題を深刻にしている
「在職老齢年金制度」と同様に、人手不足問題を深刻にしていると指摘されているのが、「第3号被保険者制度」である。自ら公的年金保険料を支払うサラリーマンや公務員など第2号被保険者の配偶者で、社会保険上の扶養認定基準を満たしている人が、この第3号被保険者となる。保険料は配偶者の厚生年金から支払われるため、自己負担はない。健康保険料も無料である。主に想定されるのは、パートの主婦らである。 ところが、彼らは年収106万円を超えると扶養から外れて社会保険料(厚生年金保険料、健康保険料)を新たに支払う必要が生じ、その分手取りの収入が減ってしまう。それを回避するために労働時間を調整することで、企業の労働力不足が深刻化している面がある。これが、「106万円の壁」問題である(コラム「『106万円の壁』問題解決に助成金制度を10月に導入へ:抜本的な対応は第3号被保険者制度の見直し」、2023年8月18日)。 現在の様に賃金が上昇すると、労働時間を削減する必要がさらに強まり、人手不足をより深刻にしてしまう。 この制度は専業主婦を前提とした、やや時代遅れの制度となっているのではないか。さらに同制度には、不公平感を生じさせている面もある。第3号被保険者が、社会保険料を支払わずに給付を受けているのは、独身者や共働き世帯がその分保険料を負担しているから、と考えることができだろう。また、自営業の妻は第3号被保険者となれないことも、不公平感を生じさせている。
女性の社会進出を後押しするためにも抜本的な制度の見直しを
「106万円の壁」問題への対応として、政府は2023年10月から、キャリアアップ助成金(社会保険適用時処遇改善コース)の手続きを開始した。この制度では、事業主が新たに労働者に社会保険の適用を行った場合、労働者1人あたり最大50万円が助成される。これにより、短時間労働者が「年収の壁」を意識せずに働くことができる環境づくりを支援する。 ただしこの助成制度は、「106万円の壁」問題の解消に向けた暫定的な対応、という位置づけである。抜本的見直しは、2025年の法案提出を目指す年金制度改革の中で議論する、と政府は説明していた。 この第3号被保険者制度の見直しを巡って、厚生労働省の社会保障制度改革に関する議論を行う社会保障審議会では、対象者を減らしていくべきという意見が相次いだ。第3号被保険者制度の見直しは、厚生労働省が示した財政検証の5つの案(オプション試算)には含まれていないが、2025年の年金制度改革に含まれる可能性は考えられる。 現在の第3号被保険者制度を一気に廃止することは現実的でないことは明らかであるが、パートの主婦らが新たに社会保険に加入する際に、現在よりも受給額を増やすなどといったインセンティブを与えるような制度の見直しが必要となるのではないか。 そうした制度改正は、労働供給の拡大を通じた人手不足問題の緩和に役立つばかりでなく、女性の社会進出を促すことにもなる。 (参考資料) 「年金改革へ5案検証 企業の拠出増課題 厚生年金、パートほぼ加入/基礎年金の納付期間延長」、2024年4月17日、日本経済新聞 「年金制度改革 議論のポイント」、2024年5月24日、静岡新聞 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英