昔の健康保険証に「無料(ただ)」と書かれていたワケ
日本の公的医療保険制度は、患者が病院や診療所を受診すると、その病気やケガに必要な治療そのものが提供される「現物給付」を原則としている。治療にかかった医療費は、健康保険組合から医療機関に支払われることになっている。このスキームを可能にするためには、病院や診療所が医療費の請求先を確認するために、患者が加入している健康保険組合を証明するものが必要になる。 そこで誕生したのが「被保険者証(健康保険証)」で、施行規則第二十三条で、「健康保険署長又は健康保険組合は様式第六号に依る被保険者証を被保険者に公布すへし」と定められた。そして、1926(大正15)年10月に内務省社会局保険部から各地の健康保険署へと健康保険証の用紙が送られ、翌11月には健康保険の加入者に対して被保険者証の配布が始まったのだ。 ● 健康保険証の文章には すべての漢字にルビがふられていた 初の健康保険証は、縦約15cm、横約10cmのA5サイズで、厚紙を2つ折りにしたものだった。第一面には、氏名、性別、生年月、健康保険の資格取得日、業務の種類、工場(事業場)の名称・所在地、被保険者証の交付日が記載されていた。また、被保険者が氏名と住所を自筆でサインする欄があった。 第二面と第三面は、病気やケガの種類、療養の給付を行った期間などを医師や薬剤師が記入する欄となっていた。そして、第四面には、8項目に渡る注意事項が次のように記されていた。
注意(きをつける)事項(ことがら) 一 此(こ)の証(ふだ)は健康(けんこう)保険(ほけん)の被(ひ)保険者(ほけんしや)であるという証(しるし)であるから大切(たいせつ)に持(も)つてゐなければなりません。 二 被(ひ)保険者(ほけんしや)は疾(びよ)病(うき)に罹(かゝ)つたり負傷(けが)をしたときは無料(ただ)で療養(りやうぢ)を受(う)けられます。 療養(りやうぢ)を受(う)けるときは此(こ)の証(ふだ)を医師(いしや)や歯科(は)医師(いしや)に渡(わた)さなければなりません。医師(いしや)や歯科(は)医師(いしや)は療養(りやうぢ)が終(をは)る迄(まで)此(こ)の証(ふだ)を預(あづか)つてゐます。万一(もし)其(そ)の間(あひだ)に他(ほか)の疾病(びようき)や負傷(けが)の為(ため)に他(ほか)の医師(いし)や歯科(は)医師(いしや)からも療養(りやうぢ)を受けなければならぬときは此(こ)の証(ふだ)を渡(わた)してある医師(いしや)や歯科(は)医師(いしや)に其(そ)の手続(てつゝき)をお聞(き)きなさい。 三 被(ひ)保険者(ほけんしや)は療養(りやうぢ)を受(う)けることができる外(ほか)に休業(しごとをやすんでゐる)中(あひだ)傷病(しようびよう)手当金(てあてきん)が貰(もら)へます。また分娩(おさん)のときには分娩費(ぶんべんひ)や出産(しゆつさん)手当金(てあてきん)が貰(もら)へます。詳(くわ)しくは保険(ほけん)署(しよ)(組合[くみあい])や事業(やとひ)主(ぬし)にお聞(き)きなさい。 四 此(こ)の証(ふだ)が減失(なくなつたり)毀損(やぶれたり)したときは直(すぐ)に其(そ)のことを保険(ほけん)署(しよ)(組合[くみあい])に届(とど)けなければなりません。 五 被(ひ)保険者(ほけんしや)の資格(しかく)がなくなつたときは十日(とほかの)以内(うち)(引続[ひきつゝ]き給付[りようぢなど]を受[う]けてゐるときは其[そ]の給付[りようぢなど]を受[う]けなくなつてから十日[とほかの]以内[うち])に此(こ)の証(ふだ)を保険(ほけん)署(しよ)(組合[くみあい])に返(かへ)さなければなりません。此(こ)の期間内(あひだ)に返(かへ)さない者(もの)は五十円(ごじゆうえん)以下(まで)の罰金(ばつきん)か科料(くわりよう)の処分(しよぶん)を受(う)けます。 六 被(ひ)保険者(ほけんしや)の資格(しかく)がなくなつた者(もの)は此(こ)の証(ふだ)を持(も)つてゐても療養(りやうぢ)を受(う)けられません。 七 嘘(うそ)を言(い)つて療養(りやうぢ)を受(う)けた者(もの)は詐欺(さぎ)罪(ざい)として十年(じゆうねん)以下(まで)の懲役(ちやうえき)の処分(しよぶん)を受(う)けます。 八 此(こ)の証(ふだ)の「自署」と書(か)いてある欄(ところ)には自分(じぶん)の住所(すまゐ)と氏名(なまへ)とを自分(じぶん)でお書(か)きなさい。若(も)し書(か)くことができなければ他人(ひと)に書(か)いて貰(もら)つて拇印(つめいん)を押(お)しなさい。尚(なほ)此(こ)の欄(ところ)に書(か)いた住所(すまゐ)や氏名(なまへ)が変(かは)つたならば直(すぐ)に訂(かき)正(なお)しなさい。 出典:健康保険事務研究会編著『実務家必携健康保険手続早わかり』(1926〔大正15〕年9月発行)