16~19世紀の「小氷期」、残酷な寒さは世界をどう変えたのか、飢饉の一方「黄金時代」も
寒さに適応して生まれた商売や戦略
それほど厳しい寒さにあっても、適応した人々がいた。ロンドンでは凍り付いたテムズ川で「氷祭り」が開催された。ホットチョコレートやパイを売る屋台が立ち並び、人々は氷上サッカーをしたり、イヌにクマを攻撃させる「クマいじめ」を見物したり、アーチェリーの腕を競ったりした。 水上タクシーなど、川が凍り付いて商売ができなくなった人々もいたが、氷祭りで屋台を出すなど別の収入源を確保することで変化に適応していたと、ヘッサヨン氏は言う。「川の上なら賃料を払う必要がありませんから」 米大陸では、現在のカリフォルニア州に住んでいた先住民モハベ族が、やはり気候の変動を受けて「高度に分散された交易文化を発達させました」と、デグルート氏は言う。また、丈夫な籠や陶器を作ってその中に物資を入れ、長距離を運んだ。「ある地域で食料が不足しても、別の地域との交易でその分を補っていました」 ネーデルラント連邦共和国(現在のオランダとベルギーの一部)も同じようにして、気候変動に強く多様な交易インフラを構築し、小氷期の最も困難な時期に「黄金時代」を過ごしていた。 北米ニューイングランドの先住民からなるワバナキ連邦は、寒さと雪を味方につけ、雪靴を履いてイングランド植民地を襲撃した。しかし18世紀前半になると、今度は入植者たちが先住民の技術と知識を取り入れ、雪靴を履いた兵士らがワバナキの狩猟場をパトロールするようになった。
現代人が学べること
デグルート氏によると、意外にも小氷期に商業が栄え、紛争が減った地域もあったという。それが、北極圏の捕鯨場だ。「寒くなって氷が増えたことでクジラが狭い場所に集中し、捕鯨がしやすくなったのです」。その結果、北極圏の捕鯨をめぐる武力紛争はなくなったという。 そこには、現代の気候変動に直面する私たちが学ぶべきことがあるかもしれないと氏は続ける。「現代の国家安全保障をめぐる議論では、北極圏で正反対のことが起きると予想されています。北極の氷が解ければ競争が激しくなり、この地域での紛争が増えるというのです」 各地に甚大な影響をもたらした小氷期だが、その気温の低下の幅は、現在の地球が直面している気温の上昇幅ほど大きくはなかった点を、デグルート氏は強調する。だからこそなおさら、当時のことや、人々がどのように適応していったかを理解することは重要だと、ヘッサヨン氏も言う。 「研究できそうな材料は山のようにあります。そこから、現在の危機にどう立ち向かうかを学べることを期待しています」
文=KIERAN MULVANEY/訳=荒井ハンナ